第一話

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第一話

 ◇◇◇  それから約30分後。朱音(あかね)はリビングのソファにダイブしたい衝動をこらえて、自宅マンションの洗面台で鏡と向き合った。まずはメイクを落とさねばならない。美容師が自分の見た目も気にできないようなら、それは美容師失格だと言い聞かせ、アシスタント時代から美容には細心の注意を払っている。本当はスーパーで買ってきた値引き品のお惣菜を今すぐにでもレンチンしたかったが、満腹になってそのまま寝てしまうリスクを鑑みて、しぶしぶ顔にクリームを伸ばしている。  クリームが化粧品と馴染むまでの無音の時間は、ついつい色々と考えてしまう。昔の話とか、将来の話とか、さっきスーパーであった話とか。好き好んで考えたいわけじゃない話がいっぱい溢れて、泣きたくなってしまう。嫌な気持ちがじわじわと浸透するのと一緒にクリームと化粧品が馴染んでいく時間。  それをきっぱりと断つように、ぬるま湯で洗い流した。タオルは顔に優しく当てるだけ。ついでにお風呂も沸かせておく。さあ、これでお待ちかねの夕食にありつけるぞ。
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