終章 ── 流れ進むのはわれわれであって時ではない

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  「仕事はどうだった?」 「ん〜〜いつも通り。言われた通りに右向いて左向いて……あ、ビクトリア社の新型SUV、シートの座り心地抜群だった。スタジオ撮影で残念だったかな、走らせたい」 「帰ったら大阪の正規代理店行こっか。寄付ばっかりでも申し訳ないっちゃ申し訳ないし」 「でも車いっぱいあるっちゃ」 「スタッフ増員するから余る事はない」 「増員! 楽しみ!」  タイチは本当に成長した。眠れる獅子だった四年前から目覚ましく、飛躍的に。  それにお前にはまだ時間がある。それは何よりも大きな武器だ。お前個人にとってもFHにとっても財産だ。 「カナダでもタイチが怪我なく飛べますように」  手を合わせたあと食前酒のグラスを差し出すと、タイチは微笑んでミネラルウォーター入りのグラスをチン、と合わせてくれる。 「柊も。いよいよシーズン一発目っちゃ」 「ふふん」  ERAは日程の都合上ハーフパイプ競技でタイチの出場はなし。直接対決するのは世界選手権、アメリカ・カッパーマウンテンだ。  日本には戻らず年越しして、タイチが新年早々からオーストリア・クライシュベルク。俺はカナダでEX‘21関連に約一ヶ月忙殺される運命……毎度のこととは言え竜神様の御加護なしに生き抜ける気がしねーわ。 「いや大丈夫。碓氷っ子は竜神様に愛されてる」 「柊は竜神様の生まれ変わりだしなー」 「ばかもの。頑張ってんのは生身の俺だ」 「うん……柊はホントに頑張ってくれてる」  幼い頃から俺を見つめていたキラキラの大きな瞳は、男の、大人の男の目差しになって俺を包んでくれる。守ってくれる。  タイチが居るから俺は飛べるんだって、叫びたいくらいに愛してるって事をちゃんと解って、受け止めて、俺にぴったりと寄り添ってくれる。  窓からは雨に烟る夜景。真っ暗なバラードインレット。  俺達はここへ帰って来て─────新しいシーズンへ飛び出して行く。
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