終章 ── 流れ進むのはわれわれであって時ではない

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   十二月中旬。  ウィスラーで開催されるエッジ(E)レコード(R)アメリカ(A)主催のカップ戦は『EXTREMES』の前哨戦とも呼ばれている。ビクトリアオープンのエキシビションを除けば、俺がシーズン最初に飛ぶ試合はもう何年もERAだった。 「西川くん、東海林さん。たぶんこれが─────俺の最後のエントリーになると思う」 「うん……来季は五輪に全振りなんだね」 「そうしないとタイチに勝てる気がしないんだよねー」 「ウッ……」  涙ぐむ東海林さんに抱きついてキスして、西川くんともぎゅーっと抱き合う。  出会ってから十年、二人には本当に支えて貰った。二人は揃って俺のソウルメイトなんだ。大事な大事な人たちなんだ。 「メダルは、何色だろうと二人に捧げるから」 「僕のロシアンブルーが金色以外のワケないじゃん☆」 「ご期待に添えるように頑張るから見てて」  頬っぺたにキスを貰ってホテルのスイートから送り出され、ロビー階でエレベーターから降りると背後から抱きつかれた。この俺より小柄な感じ……ふふん。 「ようクロード、調子どーだ」 「絶好調……」 「筋肉戻ったかー」 「大丈夫……」 「英語もフランス語も勉強してるかー」 「スクールに通ってる……」 「雄大とは進展あったかー」 「…………」  チッ。誘導にはすんなり引っ掛かってくれんか。 「俺はもう色恋には惑わされないのっ。柊さんに引導渡すの俺だから!」 「楽しみにしとくわー、つーか顔見せろ顔」  腕を解いて振り向くと、錆び錆びのドレッドヘアはスッキリと短くなって髭も剃って。童顔だけど生意気そうないつものクロードがそこに居た。ローレスのカラー、オレンジ色がベースのウェアも良く似合う。 「ビッグエアは決勝だ。雄大にメッセージ送っといてやれ」 「だからそれはっ」 「俺らはいつも命懸けで飛ぶからな。恋愛くらい素直に楽しめ♡」  頭をポンポンして去ろうとすると捨て台詞を吐かれた。 「たいちゃんが登場するまでは俺が柊さんの後継者って言われてた……!」 「……うん」 「今季はっ……もう一回そう言わせてみせるからっ……!」  泣き出しそうなクロードに向かって拳を突き出すと、クロードも拳を合わせてくれる。  うん、そうだ。俺の後継者はタイチ一人じゃない。今この空の下で飛ぶライダー達一人一人全員が、老兵が後を託せる『後継者』で間違いない。
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