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 寧音がそう言うのも、無理はなかった。  義体(サイボーグ)化された学生がネットを使って読書感想文を仕上げるのを防ぐため、現国の教師は「谷崎潤一郎」や関連する項目にアクセスできなくなるようネットの使用制限をかけている。感想文提出まで作用するナノマシンを、糖衣にくるんだものまで飲まされた。  実際に寧音は海坂ころんへ谷崎潤一郎と音声で検索するよう指示を出しても、ころんは顔の前に、両腕をバツ印にして検索できない、と反応したのだった。  寧音は「鍵」を二回読み直した。  心の中で、寧音の秘めた想いが鎌首をもたげてきた。  お姉様である涼花は天使ではないかと寧音は思う。陳腐な比喩ではない。薔薇に囲まれたこの場所で、やっぱりお姉様は天使だと寧音は確信している。  ミルト・ジャクソン・カルテットの「ムーン・レイ」が終わった。海坂ころんが次はなに、という顔をしている。園芸部の生徒たちの帰った薔薇園は、なにかこう、エスの純粋な気持ちを紊乱(ぶんらん)するような妖気がかすかに漂う。  普通の薔薇、色とりどりの薔薇もそうだが、なかでも寧音は蔓薔薇で白い花を咲かせるフラウ・カール・ドルシュキが好きだ。  フラウ・カール・ドルシュキと涼花お姉様を見比べているうちに、寧音の丹田、……おへその下、生体エネルギーの溜まる場所──のあたりで何かが暴走しはじめる。  涼花はとっくに気づいていた。  あの薔薇は、なにかこう人を惑わすものがある。
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