32人が本棚に入れています
本棚に追加
1
「お姉様、そうなんです、今度の現国、感想文が『鍵』なんです。谷崎の」
「寧音──」
お姉様と呼ばれた女生徒、寧音の一年上級の赤羽涼花がたしなめた。
「大をつけなさい、谷崎先生には」
「大谷崎、ではないのですか」
「三島由紀夫烈士や丸谷才一先生は『大谷崎』派よね」
そっか……、と成沢寧音は小さい声でつぶやく。
「昔──大谷崎先生ご存命のころは大だったそうだけど、三島烈士が主張しているのなら、そのほうがよくないかしら?」
海坂第一高等学校の薔薇園で涼花と寧音は、放課後ずっとベンチで寄り添い合っていた。
勉強の話や、好きな音楽──クラシックやジャズについて、とりとめのないおしゃべりに夢中になって、薔薇園の丹精をしている園芸部の生徒達が帰っても、まだ話し続けている。
ふたりは、この時代にまた復権したエス、つまりプラトニックな関係にあった。
寧音のひざの上には、彼女の携帯電話が置かれている。
画面には、先日、海坂電気通信大学の有志たちが開発し、ネットの世界に拡散されたAIアイドル、海坂ころんが映ってい、涼花と寧音の会話に耳を傾けつつ、楽曲をかける指示を待っていた。海坂ころんはこう見えて、ネットの海に放たれてすぐ、ビッグ・データを悪用する企業を攻撃したりしている。
最初のコメントを投稿しよう!