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 「お姉様、そうなんです、今度の現国、感想文が『鍵』なんです。谷崎の」  「寧音(しずね)──」  お姉様と呼ばれた女生徒、寧音の一年上級の赤羽(あかばね)涼花(りょうか)がたしなめた。  「(おお)をつけなさい、谷崎先生には」  「(だい)谷崎、ではないのですか」  「三島由紀夫烈士や丸谷才一先生は『(おお)谷崎』派よね」  そっか……、と成沢(なるさわ)寧音は小さい声でつぶやく。  「昔──大谷崎先生ご存命のころは(だい)だったそうだけど、三島烈士が主張しているのなら、そのほうがよくないかしら?」  海坂(うなさか)第一高等学校の薔薇園(ローザリウム)で涼花と寧音は、放課後ずっとベンチで寄り添い合っていた。  勉強の話や、好きな音楽──クラシックやジャズについて、とりとめのないおしゃべりに夢中になって、薔薇園の丹精をしている園芸部の生徒達が帰っても、まだ話し続けている。  ふたりは、この時代にまた復権したエス、つまりプラトニックな関係にあった。  寧音のひざの上には、彼女の携帯電話が置かれている。  画面には、先日、海坂電気通信大学の有志たちが開発し、ネットの世界に拡散されたAIアイドル、海坂ころんが映ってい、涼花と寧音の会話に耳を傾けつつ、楽曲をかける指示を待っていた。海坂ころんはこう見えて、ネットの海に放たれてすぐ、ビッグ・データを悪用する企業を攻撃したりしている。
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