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東門を出てほんの数分歩いた場所に、浬の住むマンションがあった。コンクリート打ちっぱなしの外観は、無機質で冷たそうで、浬の暖かい雰囲気とは真逆に思える。
いつもは西門から出入りしているせいで、このマンションの存在を知ったのは今日が初めて。
「ここの3階。日当たりは良いけど、西陽が眩しいのが残念なんだよ」
言いながらエレベーターに乗りこみ、3階のボタンを浬が押す。密閉された空間で、二人きりのせいか心臓がいつもより煩く感じる。柔軟剤なのかほのかに香る人工的な匂いが妙に緊張感をもたらす。
「なんで緊張してんの?」
浬がくくっと笑いを堪えて、到着したエレベーターから降りる。その背中を蹴ってやりたい気分だった。
「緊張するに決まってるだろ……」
聴こえないように小さくひとりごちて、浬の後ろを歩く。
話をするといっても、正直自分の気持ちを伝える気なんてさらさらない。
うまく誤魔化して、浬が渡したいと言っていたものを貰って、一刻も早く立ち去らないと本当にキツイ。
精神的にも、肉体的にも。
目の前に好きな人がいることが、こんなにもしんどいなんて……
部屋の前に到着した浬が、ポケットから取り出した鍵を鍵穴に挿し込む。
カチャリと軽い開錠音の後、ドアレバーを引きながら、浬が俺の背中をそっと押して、中へ入るように促す。
足を踏み入れたところで、
「だよな……友達の家に来るのに、緊張なんてするわけないよな」
浬の程よく低い声が、背後から聴こえた。
「え……?」
いずれ、こんな日が来るんじゃないかって、ずっと怯えてた。
だから、二度と会いたくなかったのに。
「じゃあ、好きな奴の家だと、緊張する?」
パタンと浬の背後で閉まった扉に、廊下の向こう側から茜色の西陽が射し込んでいた。
「は?……なに、いきなり……」
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