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軽く触れただけの唇が、緊張で小さく震える。
「……ん」
一度離れて、またじれったく押し付けられる唇の弾力は、まだこの現実が信じられない俺にとって、水中で触れたように鈍く、それでいて心地良い。
下唇を食むようにして、ゆっくり唇が離される。浬が何かを確かめるように頷いた。
「ん……な、なに?」
「いや、やっぱり全然違うと思って」
言いながら、ペロリと自分の上唇を舐める浬の姿にぞくりとする。まるで食事前の味見みたい……
「な、何が?」
「好きな奴とのキスって、やっぱり美味しいんだなと実感してるというか……とりあえず、俺は我慢の限界です」
「う、わっ!」
体を突然持ち上げられて、そのまま乱暴に靴を脱がされる。
「ちょ、浬っ!」
「ベッド行こ」
「ほ……本気で?」
「まさかお預け?」
カラカラ笑いながら、俺を軽々担いで部屋の扉を開ける。そこには観葉植物が森のように部屋を埋め尽くしていて、壁には一枚のフォトパネルがかけられていた。
「これ……」
ゆっくりと体が降ろされ、目の前にあったベッドに腰をかける。まさにこの場所から、写真がちょうど良い高さで鑑賞できた。
「去年、東海地方に行ったとき、見つけたんだ。この花見てるとさ、永遠のこと思い出す。繊細で、健気で、消えちゃいそうな透明感があって」
『── 永遠に。──』
パネル下に刻印されたタイトルに息を飲む。
「ずっと渡したかった。俺が中学の時に気付けなかった、永遠への気持ち。このタイトルも永遠に会いたいって意味で付けた。新聞に載るから、もしかしたら永遠が気付いて連絡くれるかもしれないって……姑息な考えだよな」
困ったように笑う、浬が愛おしくて。
溢れ出そうな感情を誤魔化すように声を絞り出す。
「何て……名前の花?」
「サンカヨウ」
「変な名前」
「永遠もな。可愛いくて、愛おしいものは、大体変な名前なんだよ」
「浬だってそうだろ?」
舞い上がった二人分の笑い声は、部屋の植物に吸収されて、触れた唇の水分は浬に奪われて。
きっと、また明日も、光を浴びる。
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