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泡の沈んだカプチーノを喉に流し込み、参考書を閉じる。足元に広がる光の楕円形を抜けて、整然と並ぶ本棚の一画に足を進める。
手にしていた参考書を戻そうと、奥から三列目の通路に入ったところで、隣の通路から声が聴こえた。
「いや、本気で苦手だから無理だって」
「それおかしくない? だってわたし達付き合ってるんだし」
小さく抑えられた声でも、はっきりと聴き取れてしまうのは、俺が戻そうとした本棚に数冊分の隙間があり、その隙間から見事に隣の通路で揉めている男女が丸見えだったからだ。
「浮気してないなら、ちゃんとキスして証明してよ!」
男の服を掴んで詰め寄る女性の気迫に、こちらが気圧されてしまいそうになる。音を立てないよう、そっと参考書を本棚に戻そうとした時。
「キスって気持ち悪くない? 口の中の細菌を交換してんだよ? 300種もいるの知ってる?」
「はあ? ばっかじゃないのっ!」
バチン。
乾いた音が通路いっぱいに広がったものの、カフェ内は音楽がかかっていたお陰で穏やかな空気のままだった。
ただし、俺の持っていた参考書は弾みで手から滑り落ち、重たい音と一緒に足元に転がった。
「しまっ」
「ちょっと! あんた覗いてたの!?」
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