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本の隙間から、すごい剣幕で俺を睨む茶色の瞳に狼狽した。怒りが沸沸とこちらまで流れ込んで来るのがわかる。
「いや、ごめん。本を返そうとしただけで」
「どこの学部よ!」
本棚越しに向けられる敵意の隣で、吹き出したような声が聴こえた。
生憎本の隙間から見えるのは女性の顔の高さまでで、隣にいる男の顔までは確認できない。見えるのは紺色のブルゾンと右手首にレザーのブレス。
「文学? 教育? それとも」
「ほんとごめん! 俺、そろそろ行かないと」
「待ちなさいよ! このこと誰かに言ったらぶっ飛ばすからね!」
今にも本棚を叩き割って飛びかかりそうな彼女の勢いに、俺は何度も頭を下げて参考書を適当な隙間にねじ込んだ。
逃げるようにカフェの入り口に向かいながら、先程の男は本気で馬鹿だと思えた。
浮気でないと証明しろと。
そう詰め寄られても、態度で示すこと、つまりセックスが出来ない俺にとって、言葉での説得は怒りを数秒遅らせるのが関の山。
キスひとつで彼女の不安を取り除けるのなら、俺ならいくらだってするのに。
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