♯1 ビター リグレット

6/11
前へ
/24ページ
次へ
カフェを出て、経済学部の履修が行われる2号館に移動しようとして、思わず足を止める。 「あ、れ……カードが」 各棟に入るために必須のICカード学生証。先程まで確かに持っていたはずなのに。 ポケットを探っても見当たらず、背負っていたリュックを慌てておろす。再発行には時間がかかるし、なによりチャージしておいた電子マネーを使われたらたまったもんじゃない。 「まさか、さっきの本棚で?」 ぞっとして、リュックの中身を引っ張り出そうとしたとき、肩がトンと軽く叩かれた。 「落としてますよ、学生証」 「あ、すみま……せん」 よりにもよって。 「やっぱり永遠(とわ)だ。さっきの本棚のところにいたの、永遠だったんだ。久しぶり」 何で、こいつが…… 心臓が止まりそうなほど息を止めていることに気付く。慌てて酸素を肺に吸い込み、ようやく吐き出した声は無様に震えた。 「なんで……この大学に……」 「別に大した理由はないけど、久々の再会なのに随分な言いようだなぁ」 苦笑しながら俺のICカードを差し出してくるその手は、昔見た時よりも大きくて、節がごつごつと骨ばっていて。 あの頃よりも高い位置にある目線の先の瞳は、大人びた色に変わっていた。 それでも、見紛うことなど有り得ない。 彼は俺が一番会いたくなかった人物、そのひとだった。 「いや、そう言う意味で言ったんじゃなくて、その……地元の方がよっぽど良い大学あるのにって思って……」 市ヶ谷(いちがや) (かいり)。 中学の時の俺の親友。 そして、初めて自分が男を好きなのだと自覚した相手。 だから、わざわざ高校も違うところを受験したし、中学を卒業してから連絡すら取っていない。ようやく、この気持ちも色褪せ始めたところなのに。なんで今更。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

200人が本棚に入れています
本棚に追加