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「ここの大学、農学部のフィールドワークが充実してるんだ。あとはカリキュラムが体系的に編成されててユニット単位で研究出来るし」
「浬は……農学部?」
「そ、昔から植物好きだし。俺中学の時、生物部だったろ?」
「あ、そういえば……」
確か夏には合宿と登山までする、わりと地元じゃ有名なハード系生物部だった。
生物部なのに、毎日筋トレとランニングが必須で、夏休み明けは合宿のフィールドワークで真っ黒になって帰ってきていて、その話でよく盛り上がった。
「永遠は?」
「えっ」
不意に名前を呼ばれて、顔を上げたすぐ眼前に、浬の切れ長の目。
「ちょ、近いって!」
「はは、変わんないな永遠は。昔から驚くとすぐ赤くなる」
浬のこういうところが、本当に嫌だった。
悪気は無いと分かっていても、わざとじゃないとしても。こうして無遠慮に俺の予防線を超えて近づいてくる。
すぐ触れてしまえる距離で、少しだけ薄い唇が俺の名前を呼んで、人好きのする顔が柔らかく綻ぶだけで。
それでけで俺は、穢れきった頭の中で夢想を繰り返していたというのに。
「俺は……経済学部。そろそろ講義始まるし、行くな。カード助かった」
だけど、今は大丈夫。
「ここで永遠と会えて良かった」
形の良い首の下に、紺のブルゾン。
手首に巻かれたレザーのブレス。
「大袈裟だって……あ、彼女にキスくらいしてやれよ」
「はは、努力してみる」
浬には彼女がいる。
それだけで十分すぎるストッパーだし、なにより浬はこっち側じゃない。
だから、もう会わなければいいだけだ。
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