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「さっき外で二人して喋ってたの、あれ農学部の市ヶ谷くんだろ? 彼、有名人だからさ、すぐ分かったよ」
浬が?
「有名って……どういう」
「見た目は爽やかなのに性格が男らしくて、うちの学部の女子はきゃあきゃあ言ってるよ? 登山して写真撮って、おまけにその写真が新聞にも載ったくらい、才能もあるってことだし」
「写真って?」
「あれ、住野くん、去年の学祭で農学部のブース行かなかった? 市ヶ谷くんが撮影した花がパネルで展示されててさぁ、めちゃくちゃ綺麗だったよ。白い花がさ、透けてんの。撮影した場所が、本来その花は咲かないはずの環境だったらしくて、それで新聞に取り上げられて────」
俺の知ってる浬は、中学で止まったまま。
思い出の中でただ、朽ちていけばいいと思っていた。
それなのに、こうして嬉々として浬のことを喋る倉橋を羨んでる。
ああ、気持ち悪い。
自分の思考が、また、吐き気を催す。
「す、住野くん、どしたの……顔真っ青じゃん」
「悪い、ちょっと気持ち悪くて」
「ええっ、大丈夫? 俺がベラベラ喋り過ぎたせいだ。ほんとごめん!」
「倉橋のせいじゃないって」
ソファの背に体を預けながら、水を口に含む。
細胞の隙間に浸み込む水分が、心の隙間も満たしてくれたら、なんて。
浬に再会したせいで、頭の中が無意味な一色に染まっていく。惨めで、虚しいだけ。
「倉橋、そろそろ行こっか」
「ほんとに大丈夫?」
「へーき。早めに帰って寝るし」
「風呂入ったら、ちゃんと髪乾かすんだぞ。あと、あったかくして寝ろよ」
「倉橋、母さんみたい」
「うん、よく言われる」
頼むから、この気持ちも。
思い出も、全部。
寝たら消えてくれ。
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