むかしむかし、あるところに

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 川を挟み込んでいる岩は、子供たちがよく飛び込みをしている。この岩場から飛び込みができることが、子供たちの間では一人前と認められる試練となっていた。  彼らは自分の勇敢さを披露しようと、岩をよじ登り川へ飛び込む。12歳の大きい子でも登るのに苦労するほど、岩は大きかった。  その岩の間をすり抜けてくる桃は、明らかに普通の桃よりも大きい。岩と比べれば一目瞭然だ。  そもそも、この距離から川を流れる桃が見えるはずなどないのだ。 ーーあんな桃があるはずがない  思い至って、ぞっとする。  では、こちらへ向かってくる、あれはいったい何なのだ。  カチカチと硬いものを打ち鳴らす音がする。何の音かと不審がって、すぐに自分の歯が鳴っているのだと気が付いた。  洗っていた服が手から離れて流されるが、目を桃からそらすことができない。  逃げることもできずに、ただ薄紅色の実を凝視するしかなかった。  ついに桃は婆さんの前まで来てしまった。  すると、流れの関係なのか、桃は婆さんのそばに留まる。  桃は触れろと言わんばかりにその体軀(たいく)を揺らしていた。 ーー嫌だ。触りたくない。早くこの場から逃げたい。  そう思うのに、どういうわけか桃へ手を伸ばしてしまった。  表面に生えた薄い毛には水滴がつき、陽光を受けてきらきらと輝いている。紅色にほんのりと色づく姿は、紅潮した人の頬のようだ。  割ってもいないのに漂ってくる甘い香りに、くらりと目まいを感じた。
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