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「婆さん、何をしてるんだ?」
異様な空気に爺さんが尻込みしていると、ふいに婆さんが振り返った。
墨を塗りたくったような闇の中、爛々と輝く目玉が爺さんをとらえる。
「ああ、爺さんかい。いつ帰ってきたんだ」
感情のない声でやっと婆さんがしゃべった。
爺さんが答えられずにいると、そうそう、と自分が食べていたものを示す。
「今日、川でね、良いものを拾ったんだよ。爺さんも見てごらん」
笑顔で言って目の前の何かをなでる。
爺さんはその何かに視線を向けた。
何かはひと抱え以上もある球体で、大人一人が入れるほど巨大だった。
「これは何だ? 一人で持ってきたのか?」
「何って、桃ですよ。ほうら、良い香りがするでしょう?」
言われて鼻をひくつかせると、確かに甘い匂いがする。だが、こんなに大きい桃があるだろうか。
「それは本当に桃か?」
「桃に決まっているでしょ。爺さんも食べてごらんなさいよ」
おいしいですよ、と果肉をえぐり取ると差し出してきた。途端に甘い香りがむせ返る。
青々しい果実ではなく、熟れて腐りかけた果実特有の、甘ったるい匂いだった。
ーーこの匂いが婆さんをおかしくさせているのか
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