弐、

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 熱いぬかるみに足を取られ、熱風に頬を殴られ、しかし何とか進み、あの人影へと近付く。  血に塗れた着物は、女物。白髪交じりのざんばらの髪にも血がこびり付いている。……間違いない、この後ろ姿は。 「……母さん、」  恐る恐る呼べば、人影はひくりと動いた。  ゆっくり、ゆっくり、振り向いた、其の顔は……最早人では無い。  二本の角を持つ、般若である。  ― 嗚呼ァ……嗚呼ァア……仁ンンン……ひもじいよォ……恨めしいよォォオ―――  ぬらぁり。長い舌が、牙の隙間より漏れ出た。  青金色の光無き瞳が仁を捉え、嬉しそうにニタァリと笑った。 「なぁ、母さん……来たよ。話そう」  ― 嗚呼ァア……仁ンン……来てくれたんだねェエ――― 「なぁ、何で分かってくれないんだ?俺が稼いだ金は俺のものなんだって。身揚げ用に貯めていたんだって」  ― 仁ンン……あの女を連れておいでェエ……ひもじいよぉ……食べてあげようねェエ――― 「其れは無理だ、(とき)は俺が娶ると決めたんだ!俺はもう元服を過ぎたんだ、どうして未だに母さんに縛られなきゃあいけないんだ!」  ― 仁ンン……さぁ……こっちにおいでェェェエ――― 「母さん!!」  埒が明かない……思った瞬間だ。  ざわぁ、と、熱い突風が二人を撫でる。目前の鬼女の髪が俄かに巻き上がり、……見えてしまった。  耳が、無い。  ― 仁ンン……おいでェエエエエエエエエエ!!!!!!!!  懐刀が二本、両の手に。  ザザザザザザザ!!  駆け寄り、数瞬にて目前に其の顔があった。 「うああああああああ!!!」  腰に巻かれている筈の鎖を探すが、無い。消えている。  助けを呼べない……!  震える脚で漸く踵を返し、元来た道を走り出すが進まない。景色も変わらない、何度も地面をけり上げても進まない、進まない、動けない、動かない、  ― 仁ンンンンン仁よォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!  直ぐ背後で怒声。振り上げられる風、振り下ろされた鈍い輝き。  とっさに振り向き、握り締めていた紙を力一杯投げた。其の腕に刀の閃光が掠め血が舞ったと同時、形代が爆ぜた。  眩い光、龍の如き長い蛇。鬼女を捉え巻き付き、オノレェェェエエエエエエ!!!!!!と、声。鬼女の手が此方へ伸び、動けぬ仁の顔を捉えんと掴んだ、其の時。 “ザ、ァ……”  後方より巨大な翼が視界に入った。まるで自分が翼を広げたかの様で、しかし其れは鴉の如き黒。あっという間に仁の身を其れが包み込み、  其の一瞬、仁は  意識を、失った。
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