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手を裏返して、手のひらを上にする。軽くクリームを塗ったら、手首から指の付け根に向かって、力を入れながら親指を滑らす。血行がよくなり、ぽかぽかしてくるはずだ。
「はい終わり」
右手を彼の膝に戻す。
「あれ、左手は?」
「さっき、嫌だって言ったから」
「やってお願い、身体のバランスがとれないよ」
「しょうがないなあ、じゃあやってあげるから、爪の甘皮処理してもいい?」
「それはだめ」
むう……
立ち上がって彼の左側に座り、左手をとる。
「せっかく綺麗な手をしてるんだから、自分でも少しお手入れしたら。モテるよ」
あの時、職場の会議で彼が資料を見ていた。机上に5本の指を綺麗に伸ばして並べ、人差し指で小さくタップしているのが気になった。隣に座っていた私にだけ音が響いて聞こえた。そして、その指たちにすっかり見惚れてしまったのだ。
もしかしたら、私は前から無意識に彼の指を見ていたのかもしれない。彼はそんな私の視線に気づいていたのかもしれない。あの時、彼の小さな小さな罠にまんまと嵌められてしまった。
「モテちゃってもいいの?」
「もちろん」
でも、この手は私のもの。私から離れるときは、この手を置いていってね。私は私を撫でてくれる手をさらに美しくしていく。
*THE END* フェティシズム……手指
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