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また夕方がやって来た。
太陽と一緒に気持ちまで沈む。
「ママ、お腹すいたね」
「そうね……」
私の手を握る幸平は私のそんな気持ちには気付かない。
また派遣切りになった。
今月の生活費も底を尽きかけている。貯金なんて口座があるだけで、ゼロに等しい。
辛うじて借金はしていないが、時間の問題だ。これ以上生活を切り詰めるわけにもいかない。
幸平は保育園の年中だ。保育料は無償化されたけれど、給食費や雑費はどうしてもかかる。年長になると絵の具道具や鍵盤ハーモニカもいるらしい。
やっとアパートまでたどり着く。三階の部屋まであと少しだ。左手には幸平の手、右手にはスーパーの袋、仕事帰りの体はもう限界寸前だった。
「ママ見て! 鳥がいる!」
二階と三階の階段の踊り場で幸平が言う。
「あら、ほんとね」
返事はしたものの、実際のところ鳥なんて見えないし、そんなことどうでもよかった。
幸平は踊り場にしゃがみ、手すりの間から覗いている。
片手が空いたので、手すりにつかまる。築数十年の三階建てのアパートは古びていて、手すりは錆でざらりとした。
踊り場からは夕日が見えた。やたら大きくて真っ赤な太陽は、綺麗と言うより不気味だ。
手すりに寄りかかると視線が下がり、地面が見える。
結構高いな……
落ちたら死ぬかな……
そうしたら楽になれるんだろうか……
でも痛そうだな……
いけないいけない。こんな気分の時はろくなこと考えやしない。
再び幸平の手を強く握る。
ん? 何かふわふわする?
「それは俺の耳だが」
私が握った手の先にいたのは幸平ではなく、うさぎだった。
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