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「イカすだろ?」
うさぎは腰に手を当ててそう言った。
真っ赤なパンツにサングラス。
幸平はまだ手すりから外をのぞいている。うさぎには気付いていないようだ。
「じゃ、行こうか、現実逃避行!」
現実逃避行? 何それ?
「そいつも連れて行くんなら、手を繋ぎな」
うさぎは幸平の背中を指さして言う。
私が慌てて幸平の手を握ると、うさぎは真っ赤なパンツから取り出したサングラスを私にかけた。
とたん、真っ赤な夕日は視界から消え、濃紺の世界が目の前に広がる。
真ん中に一本、澄んだ空色の道が伸び、うさぎはそこを進んでいく。
「あ! うさぎ! わあ、きれい!」
幸平は夢の中にでもいるように、すんなりとその世界を受け入れた。
私は幸平の手を握ったまま、うさぎの後に続く。ここがどこかもわからないけど、とりあえずついて行くしかない。
うさぎの歩みはかなり速い。でも私も思ったより速く歩ける。
あんなに疲れていた体も、今は不思議と軽かった。
「名前は?」
え?
「君たちの名前だよ」
たぶんうさぎのものであろう声が聞こえる。
不思議だ。うさぎはずいぶんと前を行っているのに。
「あの、私は由希子です。この子は幸平」
「由希子に、幸平ね。了解。途中、何ヵ所か立ち寄るから」
声はそれだけ言って静かになった。
前を行くうさぎは振り返りもせず、どんどん先へ進んで行く。
幸平と私は「綺麗だね」とか「不思議だね」とか話しながら、ただうさぎについて行った。
しばらく行くと、赤いドアの前で立ち止まるうさぎに追い付いた。
うさぎがドアを開けると、そこには懐かしい光景があった。
男女がこたつに入って向き合っている。こたつの上には、みかんと母子手帳。
あっ、あれは私だ……
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