しめさばを君に 3《秋》

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しめさばを君に 3《秋》

 なんのことかわからなかった。さぞや間抜けな顔をしたのだろう。糸田は首をかしげた。 「違う? ずいぶん、仲がよさそうだったから」  頭の中を再検索かける。 「ひょっとして、永沢君?」  頷く糸田に、私は焦った。 「げ。やば。そんなふうに見えちゃったの? 」 「……?」  私の反応が意外だったのか、糸田は不思議そうだ。 「永沢君、ファン多いの。クラスでは、本当に大人気なんだから。噂なんかになったら、学校行けなくなる」  私の言葉に、糸田は苦笑した。 「剛のファン、そんなに過激?」  こくこくと私は頷いた。 「本当に付き合っているなら、仕方ないけど。そうじゃないんだからそんなの困る。今日の永沢君、優勝したせいではしゃいでたから、どの女の子と話しててもそう見えたんだと思うけど……」  私の言葉に、糸田が苦笑いを浮かべた。 「そこまで否定したら、さすがに剛が可愛そうだけど」  なぜか糸田の目は優しく笑っている。私の反応を面白がっているらしい。 「永沢君はカッコいいし、性格もいいと思うよ」  私は言いながら、再び仕掛けを海に沈める。ゆっくりと動かしながら海面に目をやった。 「だから、いくらでも女の子を選べると思う。こんな魚臭い女と付き合わないって」 「……ずいぶん、自虐的だな」 「事実だもの」  竿をくいっと引っ張る感覚。 「来たっ」  さっきはすぐにあげたけれど、今度はじっと待つ。さびき釣りの醍醐味だ。一匹、針にかかると、仕掛けのかごのコマセが落ちる。そうすると、別の魚がまた針に引っかかるのだ。 「欲張るね」 「伊達に、魚臭くありません」  何度目かの引きの感覚を確認して、ゆっくりとリールを巻いていく。大急ぎで巻いてしまうと針が外れてしまうので、焦ってはいけない。 「おっ、来たな」  ずっしりと重い感覚を楽しみながら、仕掛けをあげていく。 「わぉ。こいのぼり!」  三匹のサバが、針にかかっていた。活きの良い様子は、本当にこいのぼりのようだ。これは何回やっても、お得感があって、嬉しい。 「めちゃ、いい顔するなあ」  糸田がぼそりと呟く。そりゃあ、そうでしょう。これほどの歓喜はそうそうない。  丁寧に針から外し、一匹ずつナイフで絞めていく。面倒だけど、これをしておかないとせっかくの魚の味が落ちてしまう。 血抜き作業を終えて、私はにこやかに笑っている糸田を見上げた。 「それで、何の用だったの?」  私は、もう一度聞いてみた。 「は?」  糸田は、魚に気を取られていたらしい。いつになく間抜けな顔をしていた。 「えっと。そうそう。今度の釣り大会、お前、不参加だよな?」  わざわざ出向いて、その質問? と思ったが、糸田のことだ。私の不参加が信じられなかったのかもしれない。 「うん。さすがに、テスト前の日曜日だし。私、糸田みたいに成績優秀じゃないから、父さんに怒られる」 「そうだな。テスト前だもんな」  糸田は、そりゃそうだ、と頷く。どうも、挙動がおかしい。バレーボールの試合に優勝したことで、思考回路が狂っているんじゃなかろうか。 「ねえ、糸田。疲れているんじゃない?」 「は?」 「何か、変だよ」  夕日がだんだん傾いてきて、薄暗くなってきた。仕掛けを海に沈めたものの、自分も帰らないとなあと思った。 「ん? そうだな」  疲れていることなのか、変だという指摘についてなのか、どちらなのかわからないけど、糸田は否定しないで頷く。 「私もこれで終わりにする」  引きを確認して、私は竿を上げた。また、サバが二匹釣れた。 「大漁だけど、どうしようかなあ。このサバ」  後片付けをしながら、私は呟く。マメな糸田が、魚を締めて汚れたコンクリートを海水で洗ってくれた。 「糸田、半分、持っていく?」  糸田の家は、とても魚好きである。しかも男ばかりの三兄弟だから、よく食べる。 「俺、大磯の作った、しめサバがいい」  ぼそり、と糸田が呟いた。
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