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しめさばを君に 4《秋》
「でも、しめサバだと、明日にならないと渡せないよ」
糸田は、私の作るしめサバをめちゃくちゃ気に入ってくれているのだ。
「明日、部活休みだから、取りに来る」
そこまでご執心なのは、嬉しいけど。
「私は、部活あるもの。店に置いておいてもいいけど……」
私の言葉に、糸田が首をかしげる。
「水泳部が、この寒い季節に何やるんだよ」
持って回った物言いで、暗に休めと言っているのはわかる。
「む。確かにうちの学校は温水とかないけど、真冬でも筋トレと走り込みはします。週二回だけど」
言いながら、ふぅ、とため息をついた。
「いいよ。わかった。明日はサボるわ。プール入れなくなると、ほとんど部員来ないしね」
しょせん、うちの部は地区予選を勝ち残るような選手が誰もいない弱小水泳部である。かく言う私も、冬場に練習がほとんどないというやる気のなさが気に入って入部した経緯があったりするのだ。
「じゃあ、俺、竿もって来るからさ、アイナメ釣ろうゼ」
「サバじゃなくて?」
「アイナメがいい」
「アイナメも美味しいよねえ」
この時期のアイナメはとっても美味しい。難易度の高い釣りにはなるけど、引きも強くて面白い魚だ。
私は荷物を片付け、道具を肩に背負った。
「クラーボックスくらい、持っていってやるよ」
ひょいと、重いクーラーボックスを糸田が持ってくれる。そのさりげない気配りにドキっとして、ふと我に返る。
あれ? でも、いいのかな、こういうの。
釣り仲間ということで、特に意識もしてなかったけど、二人で釣りって見ようによってはデートに見えるかもしれない。
「あのさ、やっぱりよくないよ。明日は遠慮するわ」
「部活、休めそうもない?」
「そうじゃなくって」
私は、少しイラつく。異性と意識されていないにしたって、ちょっといろんな意味で酷いと思う。
「糸田、彼女がいるでしょ? いくら彼女の心が広くても、私と二人で釣りに行ったりしたら怒られるよ」
「彼女?」
糸田はキョトンと、聞き返す。
「誰のこと?」
意外な反応に、私は首を傾げた。
「バレーボール部の美人のマネージャーさん。つきあっているって、聞いたけど」
「えぇーー?」
こっちがびっくりするくらい、大声で糸田が驚く。
「何だよそれ。どこから出たんだ、そんなデマ情報」
「玲子が言ってたよ。たぶん、山倉君のファンの間ではそういうことになっているみたいだけど、デマなの?」
「事実無根だ」
糸田はムッとしてむくれる。いや、そんなに怒らなくても、と思う。
「そうなの? でも、すごい美人さんだもの。男として、悪い気はしないでしょ」
「大磯は、その方がいいって言うのかよ」
「は?」
下手にフォローを入れたのが間違いだったのか、怒りの矛先をなぜか向けられて、私はドギマギした。
「ごめん。私、何か悪いこと言った?」
「……別に」
急に寂しそうな顔で糸田が首を振った。
私が苛めたみたいな感じだ。
糸田は何も言わずに先を歩き始めた。私は意味がわからず頭を振る。
そして。
「ねえ」
思い切って、声をかける。
「彼女じゃないなら、私、遠慮しなくてもいいんだよね?」
振り返った糸田に、にっこり笑いながら確認する。
「アイナメ、釣ろうよ。しめサバも作っとくから」
「……ああ」
糸田の顔がようやく、笑顔になった。
なんとなくホッとして。いつの間にやら、私の胸の奥のモヤモヤも消えていた。
「それにしても、大磯がそんなふうに気を使うとは思わなかった」
「何、それ?」
くっくっと、糸田が笑いながら言う。
「お前、自分に彼氏が出来ても、平気で俺と釣りに行く奴だろ」
「へ?」
そんなこと、考えたこともなかった。
「どうだろう。あるかもしれないけど……」
言いながら、不安になる。
「糸田は、彼女が他の男子と二人で釣りに行くのって、許せる?」
「俺は心が狭いから、絶対許さない。つーか、無理っていう男のが多いと思う」
にっこりと笑いながら、糸田は断言した。そういうものか、と思いながら、ふと思う。
「そうか。だから、私彼氏出来ないんだね……」
しみじみ、落ち込む。女らしくないだけでなく、男心もふみにじるタイプなのかもしれない。
「バーカ。そんなこと、気にするな」
糸田の大きな手が、私の頭をくしゃ、と撫でる。
「あれ? でも、その前提だと、糸田は私に彼氏が出来ても遠慮しないの?」
ふと気が付いた私の質問に、糸田はニヤっと笑った。
「しない。するつもりない」
しれっと答える。それって、どういう意味だろう。なんか矛盾してないか?
私がそういうと、
「俺の中では、全然、矛盾してないぞ」
糸田は、真っ直ぐに私の目を見つめてる。
胸がドキリとした。そんなふうにはぐらかすのは反則だと思う。
「わかりました。では、この件はお互いに恋人ができるまでの宿題にしておきます」
「つまり、棚上げだな」
糸田の突込みに、私は頷く。
「そう。いけない?」
「いいんじゃない」
秋の陽が、海に沈んでいく。きっと顔が赤いけど、たぶん夕日のせいだということにして。
東の空に、一番星が煌めいていた
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