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しめさばを君に 1《秋》
あいつ……カッコイイじゃん。
友人の鈴木玲子に無理やり連れてこられた、男子バレー部の地区大会。
私は、ボーっと同級生の糸田亮を見ていた。
彼と私、大磯遥は、学校のクラブ活動ではない、職業も年齢も違う人間が集まる、釣りクラブ「磯人」に所属している。
彼とは、中二のころからのつきあいだ。うちが釣り具屋をしていることもあり、そのころからうちによく出入りしている。
同じ高校に入ったものの、クラスが違うから、釣りに行くとき以外の糸田をあまり知らなかった。
長身で頭も良い。精悍な顔つきで、大きくて、ちょっと強すぎる眼光。優しくないわけじゃないけど、ぶっきらぼうで、不器用。
二人で話すことといえば、潮や、魚。磯や波止場情報など、釣りべったりなマニアな話。
家が近いから、夜になると送ってもくれるし、それこそ二人で竿を並べて釣りしたりもするけど、女の子として見られているとは思い難い。
時折、糸田の大きな目に覗かれるとドキッとするけど、大切な釣り仲間としての関係を失う方が怖くて、彼を恋愛対象としてみないようにしてきたところがある。
彼のポジションは、セッター。
いつもは長身の印象の糸田が、バレー部の中では、低い方。地味といえば地味だが、彼のあげる正確なトスをアタッカーたちが決めていくのは、みていて心地よい。武骨だけど、周りをいつも気遣っている彼らしいなあと思う。
「山倉君、ホント、素敵ねえ」
玲子がうっとりと呟く。山倉くんというのは、エースアタッカーだ。同じクラスになったことがないので、よく知らなかったが、玲子によれば、ファンクラブがあるくらい人気があるらしい。進学校の運動部の地区大会では、校内からそれほど応援に駆け付ける生徒も少ないけれど、玲子たち「山倉君のファン」以外にも、選手それぞれにファンがついているらしく、黄色い声援が飛んでいる。糸田への声援も多くて、私は複雑な気持ちになった。
「ねえ、遥、行こうよ」
無理やり玲子に誘われて、試合が終わったバレー部のところへ行く。
見事に地区大会を勝ち抜いて、みんな嬉しそうだ。
そして、応援にやってきたうちの生徒たちが輪になって囲んでいる。
長身でどちらかといえば、むさくるしい男性部員の中に、かいがいしく世話をしている可愛らしい女の子がいた。
ぱっちりした目が愛らしい。スポーツドリンクを手に、糸田に話しかけている。
二人ともとても楽しそうだ。
「ああ、あの子ね、中野絵里。バレー部の女子マネ―ジャーよ。噂だと、糸田くんと付き合っているんだって」
私の視線に気が付いて、玲子が教えてくれた。
「へえ。そうなの」
そんなひとがいるんだな、と、なんとなく心臓が冷たくなった。
そういう相手がいるなら、少しは教えてくれればいいのにと思う。長い付き合いだというのに、水臭い。
私は思わず視線を逸らす。なぜだかわからないけど、見ていられなかった。
「あ、山倉君!」
やっぱり帰ろう、と言おうとしたのに。玲子は私を置いて、ファンの子たちと談笑する山倉のそばへ走って行ってしまった。どうしようかと迷っていると、後ろから声をかけられた。
「大磯さん」
「永沢君」
ニコっと声をかけてくれたのは、クラスメイトの永沢剛だ。
身長は糸田よりもさらに低い。
人好きするタイプだし、ちょっとアイドルっぽい感じで線は細いけどカッコいい。クラス女子には絶大なる人気を誇るイケメンである。
ただし、ポジションはレシーバーだから、バレー部員としては、思ったよりファンが少ないみたいだ。
「バレーボール、好きなの? それとも誰かの応援?」
「うーん。応援のつきそい。でも、バレーは好きなほうだよ」
言いながら、玲子に目をやると、永沢は納得して少し苦笑した。
「山倉ね。やっぱエースはモテるなあ」
「そうだね。でも、ほら、二試合目の三セット目の永沢君のレシーブ。超すごかったよ。神がかってた」
「すげえうれしい。大磯さん、ちゃんと見てくれてたんだ、ありがとう」
永沢は心底嬉しそうに破顔する。笑顔が眩しすぎる。
「ふ、ふつう、見ていると思うけど」
そんなに喜ばれると、ちょっと引いてしまう。私が知っているだけでも、永沢には熱心なファンがいる。そんな手放しな笑顔を向けられると、どこに敵を作るかわかったものではない。
「チームメイトはともかく、世間はやっぱり点取り屋に注目するだろ。そんなふうに褒められること、少ないんだ」
照れたような顔で、永沢が笑う。
「永沢君みたいに、モテるひとでも、そんなふうに思うんだねえ」
思わずそう呟くと、永沢がきょとんとした顔で私を見た。
「ほら、クラスだと、永沢君って運動神経良くって、目立つし人気あるから。体育祭でもうちのエースだし」
私の言葉に、永沢は照れたらしく、顔をほんのり赤らめる。試合に勝ったことではしゃいでいるのか、今日の永沢はなんかおかしい。
うーん。困ったな。これでは他の女の子に誤解されるかも。
ちらりと周りを見渡すと、糸田と視線がぶつかった。
なんか、怖いんだけど。
もともと目力の強いせいもあるけど、怒ったような視線で、私の方を睨み付けているように感じた。
私、何かしたかな?
よくわからないまま、とりあえず、微笑みを返してみると、糸田はぷいっと横を向いて、美人マネージャーと話を始めてしまった。
何なのよ。いったい。
「大磯さん?」
「ん? なんでもない。今日はおめでとう。県大会も頑張ってね」
私は不思議そうな永沢に微笑んで彼に別れを告げ、玲子を捜した。
振り返った視線の先に、楽しそうな糸田の顔があって。私は、名残惜しそうな玲子を引きずるように、その場を去った。
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