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◇出逢い&一目惚れ*圭
まさか。
22才にして。
男に 一目惚れ するなんて。
思わなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
春。
オレ、織田 圭 22才。
大学を卒業して、ある大手のコンピュータシステムの会社に入社した。
まさかの、一目惚れの出会いは、その入社式。
受付で、封筒に入った書類と、それとは別に1枚のプリントを受け取った。そのプリントに、今日の式の進行が書かれているのを確認。
到着順に端から椅子に腰かけていくみたいで、見渡すと、会場の半分位がもう埋まっていた。案内されて最後尾の人の隣まで歩き、腰かけようとしたその時。つる、と1枚のプリントが手から滑った。
あ、やば。
先に座っていた男の人の上にプリントが落ちそうになって、慌てて動いた瞬間。あろうことか、持っていた封筒の中の書類が、一気にざざーと零れ落ちていった。
オレの手に残ったのは、中身のない封筒のみ。
「……っと……?」
隣の彼はそんな声を出しながら、内何枚かを咄嗟に受け止めてくれた。
が、それ以外は、見事に下に散らばった。
1枚落ちただけなら良かったのに。
オレが焦って下手に動かなきゃ、プリント1枚で済んだのに。
封筒の中身が全部滑り落ちるって……。
恥ずかしすぎる。 迷惑すぎる。
これから、一緒に働くかもしれない人なのに。
うう、オレ、最初から何やってんの。
思わず、その場から消えてしまいたい衝動に駆られながら。
「……っごめ――――……」
言いかけたその時。
迷惑にも、書類が頭の上から流れ落ちてきたその彼は。
何故か、くっ、と笑い出した。
え?
「……あ、悪い――――……」
すぐにそう言って、オレから顔を背ける。
手を口元にあてて、笑いを噛み殺そうとしているみたいだけれど、それでも我慢できないといったように、肩を震わせている。
唖然。
……そんな、笑わなくても良いのでは……?
顔を背けたままの彼にしつこく笑われて、呆然と動けずにいると、周りの人達が落ちた書類を拾い上げて集めてくれているのに気付いた。慌ててオレも、自分の足元に落ちた書類を集めながら、拾ってくれている周りにお礼を告げていると。
「……とりあえず、座ったら?」
やっと、笑いを収めた隣の彼がそう言った。
オレが下の書類を拾っている間に、周囲から書類を受け取って、1つに集めてくれていた。
「大丈夫?」
言ってはくれるけど、またクスクス笑ってる。
もう、どんだけ笑うんだ……と、少し面白くなくて。
さっきまでは、笑って震えてる肩しか見えなかったから。
どんな顔してんだろ、と、隣を見たら。
すぐ近くで、ばち、と目が合った。
「――――……」
う、わ……。
「……どした? 大丈夫?」
固まったオレに、瞳を優しく緩めて、ふ、と笑う。
「……っだ、いじょうぶ……」
オレは何とかそう答えてから、顔を真正面に向き直した。
拾い集めた書類をとんとんと封筒の上で、ひたすら整える。
明らかに、オレ、挙動不審。
……大丈夫じゃない。
ヤバい。
――――……むちゃくちゃ、カッコイイ。
それはもう、今迄見た事が、無い位。……何、この人。
芸能人にも、他の誰にも、絶対負けないと思う位。
とりあえず、オレが今迄の人生で見てきた中で、ダントツ、カッコイイ。
……ていうか。
男が、どれだけカッコよくたって、関係ないはずなのに。
え、何で、こんな、オレ、ドキドキしてんの。
……おかしくないか?
「おだ けい、て読むの?」
「え」
急に自分の名が呼ばれて、オレは、咄嗟にまた隣に顔を向ける。
相手の視線は、オレの手元の封筒に書かれた、名前に向けられていた。
「あ、そう。 おだ けい――――……て、読む……」
答えはするけれど――――……。
その顔の破壊力に、もはや抗えず、呆然。
え、何だろう。
――――……本当に、カッコよすぎる。
形の良い眉に、印象的な瞳。
鼻筋通ってて、唇も形よくて、髪形も完璧。声までイケメン。
スーツもばっちり似合ってて。非の打ち所が、無い。
今朝、新品のスーツが何だか浮いて見えて、七五三みたいだな、と自分に苦笑した事を思い出す。
なんか、全然違う。似合うというのか、着こなしているというのか。
……全部カッコイイな。
「とりあえず、これ」
オレが、自分の持っている書類を揃え終わったのを見計らって、彼は持っていた書類を差し出してくれた。
「あ、りがと」
激しく、ドキドキしながら、受け取る。
……オレ、絶対おかしい。ヤバい。
何で、男にこんなにドキドキしてんの?
……マジで、オレ、大丈夫かな……?
人生最大の大混乱中なのに、彼はまた、その優しい瞳をオレに向けてくる。
「書類、入ってた順に揃えるか? 多分、その順に説明してくと思うし」
「……え??」
もはや頭が、何も受け入れてくれない。
まったく理解できず、眉を寄せたオレに、また優しい表情で笑って。
「だから……まず1枚目が、このプリント。これ見つけて?」
自分の封筒から書類を出して、上から1枚目を、オレに見せてくれた。
……あ、そういう事か。
急いで、そのプリントを探し出す。
「見つかった? じゃ、次これ」
「うん」
書類を並べながらも、優しい言葉と、優しくて聞き心地の良い、少し低い声を聞いていると――――……ドキドキしっぱなし。
あれ。オレ、心臓、病気になったのかな。
脈が速すぎて、これ、オレ、ヤバいんじゃないのかな……。
壊れるんじゃないかと思う位。
心臓がドキドキしたまま、何とか書類を合わせていく。
色んな意味でやっとの事で、全部元通りの順番に、書類を並べ終えた。
「……落ち着いた?」
またクスクス笑う。すぐ間近で見つめられて、内心焦りながら、頷く。
ドキドキするから見たくないのに、どうしても見たくて、顔を見てしまう。
で、また心臓が、バクバクして。
とにかく、オレ、もう、大混乱。
「――――……オレの名前、これね」
言いながら、見せてくれた封筒には、「高瀬拓哉」と書いてあった。
「たかせ、たくや……?」
「そ。 よろしく」
ふ、と笑う。
流し目みたいに見つめて笑うの、やめてくれないだろうか。
イケメンすぎるんだから、そこらへん、ちょっと考えて笑ってほしい。
……でも、オレは男だから、普通、オレに対して、そんなの考える必要もないか。
――――……ていうか、オレは、何でこんな事……。
何なんだ、オレ、ほんとに何考えてるんだ。
もう、全然、頭が、ちゃんと働いてくれない。
「――――……うん。よろしく」
何とか、変に思われないように、そう答えた。
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