その指に

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予想外の人物が予想外に美しい文章を綴ることを知って、動悸が止まらなくなった深夜2時半。 誰かの書く文章にこんなにときめいたのは、生まれて初めてかもしれない。 ------------------------------- 話はさかのぼること、10年前。 当時高校生だった私は、彼の大ファンだった。 毎週水曜に彼が出演するレギュラー番組を観ては、きゅんきゅんきゅんきゅん、していた。 まるでサッカー部のエースのような雰囲気に、バリバリの関西弁。 うっすら地黒の肌と、つやつやの黒髪。 相方と延々繰り広げられる、意味のわからないコント。 彼のすべてが、心にグサグサと刺さりまくっていた。 よくある友達との「どっち派?」論争では一貫して、わずかに劣勢だった彼の側についていた。 いや、確かに相方さんもカッコいいんだけどね。 愛用していたauのガラケーで検索すると、出待ちのファンの子と撮ったものであろう、私服のツーショット写真が山ほど出てきた。 それを見る度に、私は彼の隣で微笑む女の子たちに、強烈な嫉妬心を抱いていた。 「あああーーーーうらやましすぎる!!!ピースしてる...かっこいい......」 しかし10代女子という生き物は、時に残酷なほど気まぐれだ。 受験や大学や趣味、あるいは新たな友人が、私の恋心を急激にクールダウンさせていく。 気づけばガラケーはスマートフォンに変わり、彼の名前を検索することもすっかりなくなっていた。 以前よりテレビへの露出が減っていた彼は私の中で、昔の恋人?のような存在になっていた。 年末年始のネタ番組で、相変わらず延々と意味のわからないコントをしている姿を見ると、少しだけ懐かしい気持ちになる。その程度。 それから数年が経ち、私は25歳になっていた。 いつものようにスマートフォンで動画サイトを巡回していると、見慣れた文字が目に飛び込んできた。 「公式チャンネル開設しました」 例の彼らが、動画サイトに進出してきたのだ!!! 私は少しだけ、心が躍った。 しかも毎日更新ときた。 これは、観るしかない、、、!!!! 通勤電車で再生し、肩を震わせながら、必死に笑いをこらえていた。 ほんの数分、癒しの時間。 数年越しに、私の日常に彼らが戻ってきた。 やっぱり彼らの感性は独特で面白い。 我ながら、10代でこの面白さに気づけたことが誇らしい。センスいいなあ、当時の私。 ところがさまざまな動画を観ていくうちに、あることに気づいた。 「そういえば、彼はどういう人なんだろう」 私は彼のことを何も知らなかった。 出身地や、相方との出会い、生年月日。 検索すれば一瞬でわかるような、簡単なプロフィールしか知らなかった。 私、こんなに毎日コント観てるのに、この人と仲の良い芸人をひとりも知らない。 それもそのはずで、どうもこのコンビは、芸人さんのなかでも特殊なタイプに見えた。 あまり周りと群れないのである。 理由はたぶん、2人とも人見知りだから。(まあそんなところも好きなんですけど!) ネットでいろいろ調べてはみたものの、出回っている情報はあまりにも少なかった。 結構売れてるはずなのに。やっぱり他の芸人さんとは違うなあ、なんて。 ミステリアスなところも素敵だと思った。 そんなある時、ふとしたきっかけで、彼がネット上でコラムを掲載していることを知った。 私は、ご先祖様のもっともっとずーっと前の人間が「言葉」を手に入れてくれて、本当に良かったと思っている。 文章を読めば、遠く離れていてもその人に触れられる気がするから。 彼を知りたい。 その一心で、私はコラムのURLをクリックした。 数ヶ月に一回のペースで更新されていたコラムは、ほとんどが恋愛にまつわる内容だった。 ただし一人称は彼ではなく、架空の登場人物によって構成される、ショートストーリーのような感じ。 その描写は、リアリティに溢れていた。交わされる会話や、しょうもない小ネタの数々。とてもフィクションとは思えない。まるでそこには、彼の実体験が綴られているようで。 苦しくなるほどに、美しかった。彼がこんな文章を綴る人間だなんて、思ってもみない。思うわけないよ、あんなに、変なコントばかりしてる人が。 嘘であってほしい。 どうか、ゴーストライターであってほしい。 もう高校生の頃とは違う。 私はとっくの昔に制服を脱ぎ捨てて、はっきりと、大人になっていた。 周りの友人は、結婚して子供を育てている。 こんな年齢で、会ったこともない相手を好きになりたくない。 だんだん息が苦しくなってきた。 読み進めるほどに、動悸が止まらない。 いいのかな。 彼はどんな景色に心を動かされるんだろう。 どんなインテリアの部屋で、どんな風にコーヒーを飲むんだろう。 誰を想って、この文章を書いてるんだろう。 ソファに座って書くのかな。 それとも移動中の車内で書くのかな。 、、ん? ちょっと待てよ。 今時わざわざペンと紙を使って書いてるわけないよね。 きっと、スマホで文章を作ってアップしてるよね。 ってことは、書くじゃなくて「打つ」になるのかな。「文字打ち」って言うもんね。 じゃあこだわりの強すぎる人は、「コラムを打ってます」って言うのかな。 あ、なんかこれ、彼らのコントっぽいな。 「携帯でコラム打つ奴」とか言って。 まあいいや。 彼のすべてを知りたくてたまらなくなった。 そうだ、手紙を書いてみよう。 久しく手紙なんて書いてない。家にレターセットがあるわけもなく、急いで近くのコンビニに走った。 走りながら私は、このまま隣町まで行けそうな気がしていた。 街灯がやけにキラキラしている。 彼はいかにもモテそうなタイプだ。 芸歴も長いし、今までに腐るほどファンレターを貰ってきてるはず。 「当然、恋人だって、」 そこまで考えて、やめた。 今はそんなことどうだっていい。 彼が気に入ってくれそうな、犬だらけのデザインのレターセットを選ぶ。 ただのファンレターじゃつまらない。 少しでも印象に残るような、変な書き出しにしよう。 「スマートフォンで文字を打つとき、どの指で打ちますか?」 ありったけの愛情を込めて、渾身の一行目を綴った。
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