プロローグ~エディ~

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 真夜中――。  船室の窓からは月の光が差し込んでいる。波の音が絶えず聞こえて、ゆらゆらと明かりが揺らめくこの部屋の中で、エディは愛する夫――オズウェルに抱かれ、深く愛されていた。今夜、エディは晩餐(ばんさん)を済ませた後、サロンで皆と食休みをしてから、オズウェルと甲板を散歩しながら大好きなハーモニカを吹いた。その後、寝室に戻り、彼と一緒に眠りに落ちた――はずだったのだ。だが、皆が寝静まる夜更けになってから、オズウェルは眠るエディにいたずらをするかのように体を求めたのである。こういうことは極めて珍しかったが、エディは懇願(こんがん)するように求める彼にこれまでより一層の愛おしさを感じて、彼を迎え、受け入れた。 「あぁ……っ」 「エディ……、どうか、私を抱きしめてくれ……」 「オズウェル様……」  互いに火照った肌をあらわにして、強く抱きしめ合う。溢れる愛おしさに狂いそうになりながら名を呼べば、彼はうっとりとした瞳でエディを見つめながら、優しい口づけをくれた。そうして、首筋に執拗(しつよう)に舌を這わせては、腰を揺らすのだ。腹の奥で波打つ夫の熱いものを感じながら、途方もない快感を得て、エディは時折、意識を失いそうになる。  船室にしては異常なほど広い部屋の中で、木製のベッドが絶えず(きし)んでいた。体中が熱くて、呼吸が苦しい。どんなに声を殺して、口づけ合っても、互いに(かす)れる声を(こら)えることができない。 「オズウェル様……っ、あぁ……」 「エディ……っ」  それほどまで深く、快楽に溺れているのだ。密着したまま腰を揺らすオズウェルの呼吸と、喘ぐ声が耳元で響き、それはだんだんと荒さを増していく。幾度(いくど)も名を呼び合い、やがてエディは夫と共に途方もない快楽を得て、絶頂を迎え、果てた。いつもならこのまま眠りに落ちてしまうこともあったが、しかし今夜のオズウェルはどこか様子が違う。彼は汗と生温かい白濁の体液にまみれてしまったエディの体を綺麗に拭いて、乱れた寝床を整えてくれたが、その後、再び横になると、エディにすがるようにして強く抱きしめたのである。 「オズウェル様……?」 「ん……?」 「何か――心配事でもあるのですか?」  エディはそう訊ねて、そっと夫の頬に手を当てた。彼が何かに怯えているように見えたのだ。すると彼は驚いたのか、暗褐色(あんかっしょく)の瞳を見開いた。 「なぜ、わかる……?」 「なぜって、だって……。お顔にそう書いてあります」  エディがくすくす笑って答えると、オズウェルもまた困ったような顔で笑みを見せた。 「そなたにはかなわん……。全く情けないことだ」 「僕は好きですよ。あなたのそういうお顔も」  エディが言うと、オズウェルはエディの唇にちゅ、と口づけを落とした。しかし、その表情はまだどこか不安そうである。 「それで……、心配事とは?」 「いや、心配というほどではないのだがな……」  そう言いかけてから、オズウェルは何を渋っているのか、黙ってしまった。エディは不思議に思いながらも、彼が話してくれるのを待つ。するとやがて、オズウェルは言い(にく)そうに口を開いた。 「なぜだか少しだけ、怖くなったのだ。いつもそなたが(そば)にいて、こんなにも毎日が自由で、幸せで……、今、私はまるで夢の中にいるようだからな」 「夢の中、ですか?」 「そうだ。もしもこれがすべて夢であったなら……。明日の朝、私が目を覚ました時、そなたが傍にいなかったら……。私はまともではいられない。ふとそう思うと、怖くてな。眠れなくなってしまった……」  エディは再び笑みを零す。竜王ともあろう者が恐れを感じているとは意外だ。しかしそれほどに彼は今、エディを愛し、幸せに満ち溢れているということなのかもしれない。幸せ過ぎて怖い――と話しながら、ぎゅうっと抱きしめてくれる彼の温もりが愛おしくて、エディもまた彼を抱きしめた。 「大丈夫です。僕はちゃんとここにいます」 「うむ……」 「だから安心して眠ってください、オズウェル様……」  そう言って、オズウェルの長い黒髪を()くように撫でると、彼は少し安心したのだろう。エディを抱きしめたまま目を閉じ、しばらくしてから静かな眠りを迎えたようだった。先ほどまで揺らめきながら煌々(こうこう)としていた部屋の明かりはだんだんと小さくなって、ぽつり、ぽつりと消えていく。エディはなおも夫の髪を撫でながら、暗くなった部屋の窓から差す月の光に目を向け、静かに願った。 「どうか、この幸せがいつまでも続きますように。そしてこの船旅が、素晴らしいものになりますように……」  オズウェルの(ひたい)にキスを落とせば、彼は目を閉じたまま頬を緩めた。彼と一緒なら、この甘い生活が崩れることなど考えもつかない。彼にとっては初めてであるこの船旅も、きっと素敵な思い出になるはずだ。彼の穏やかな寝顔を見つめながら、エディはそう思うことができた。
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