第一話 港町ラサーナ~エディ~

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 青く輝く大海原に、爽やかな風を切って白銀の帆船(はんせん)が行く。帆船(はんせん)は付近に何艘(なんそう)かの船を引き連れて、処女航海の真っ最中だった。その名は『ドラゴニア号』。東端の島国、ドラゴニア王国の巨大(きょだい)帆船(はんせん)である。  エディはその船に乗っていた。船長はエディの夫でありドラゴニアの国王である炎竜王、オズウェル。そして船員には、かつてエディの主人であり、死の淵でイグアナになってしまった元船乗りの商人テッド。その他、竜騎兵隊(ドラグーン)の一番隊隊員達、そして医師のモーガンがいる。航海を初めてからそろそろ一ヶ月になろうとしているが、予定通り、船は目的地へと進んでいた。天候が荒れることもなく、順風満帆。それはベテランの船乗りであるテッドのおかげだった。イグアナになった今も彼は、立派な船乗りだ。雲の動きや風の吹く方角で、行き先の天候をいち早く察知して回避する技術は変わらず健在だった。オズウェルはそういう彼の能力に感服して、テッドこそドラゴニアの素晴らしい航海士だと(ほこ)らしげに話した。  穏やかな昼下がりに甲板(かんぱん)に立ち、エディは進路の先を見つめている。風も波も落ち着いているが、ただ、昨日よりも風はうんと冷たくなっている。そのせいだろうか。少しだけ――緊張していた。この船が今向かっているのは、自分がかつて捨てられていた海。そしてそこに一番近い港町である。そこへは、まだエディが赤ん坊の頃、医者に診てもらうのに一度訪れただけで、それ以降は一度もその港町に行ったことがない。当然、僅かな記憶もなかった。期待を持ちながらも、今はまだ秘められている真実がそこに待っているかもしれないと思うと、やはり心は落ち着かない。  不意に潮風を肌寒く感じて、肩をすくめた。船は北へ、北へと向かっているのだ。 「エディ」  低く甘い声に呼ばれて、振り向く。――すると、同時にふわっと暖かなガウンを肩に掛けられた。やって来たのは愛おしい夫だった。 「オズウェル様……」 「風が冷たくなってきた……。これを羽織った方がよいぞ」 「ありがとうございます」 「テッド殿の話では明日中には、ラサーナへ到着するらしい。いよいよだな」 「はい……」  航海に出る前夜、オズウェルはエディやテッド、竜騎兵隊(ドラグーン)一番隊隊長のウィリアムや副隊長のギルバート、医師のモーガンを会議室に集め、こう言った。 「この航海はエディの父母を探すことが目的であるからして、一番初めに向かうべきはやはり、エディがテッドに拾われた海域に一番近い、港町なのではないだろうか」と。それにはエディも同感だったし、他の者も同様であったようだ。オズウェルの提案に反対する者は誰一人としておらず、港町ラサーナへ向かうことは全員一致で即、決定したのである。  港町ラサーナはドラゴニアの海から北へ約六千キロ離れた場所に位置しているらしい。ドラゴニアと違い、一年中気温が低く涼しい気候である為、船には(だん)を取れるように、たくさんの毛布やガウン、コートなどが積み込まれた。そこは冬になれば大雪が降ることも珍しくはないのだそうだが、今はまだ夏。随分と大袈裟(おおげさ)なものだ――とテッドは笑ったが、温暖な気候のドラゴニアで生まれ育ったオズウェル達は雪が空にちらつくのも見たことがないらしい。それは白く綿(わた)のように空から落ちてくる冷たい氷の結晶のようなものだ、とエディが説明すると、オズウェルは目を輝かせて「さぞ美しかろうな」と微笑んでいた。 「ラサーナで手がかりだけでも見つかるとよいな」 「はい……。僕を診てくれたというお医者様が、まだお元気でおられればよいのですが……」 「きっとまだ元気でいるとも。信じよう、エディ」  そう言ってオズウェルはエディの肩を抱いてくれる。温かく(たくま)しい腕に抱かれると、エディは本当にこの航海で父と母を見つけられる、その奇跡が必ず起こるような気がした。
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