第一話 港町ラサーナ~エディ~

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「しかし――。皆さんがここへおいでくださったとすると、あの呪いは解けたんですね?」  キッチンに立つブルーノは、そう訊ねながらやかんを火にかけている。それにはオズウェルが応えた。 「如何(いか)にも。彼がドラゴニアとこの世界にあった憎しみをすべて癒してくれたのだ」 「彼が……?」 「お(ぬし)、覚えておらぬか。その昔、夜中に商人の男が赤ん坊を連れてここへ駆けこんで来たことがあったじゃろう。銀髪に色白、虹色の瞳の赤ん坊じゃ」 「まさか……! 嘘でしょう? 彼がそうなんですか?」  エディはこく、と(うなず)いた。そうは言っても、エディ自身、今もあまり実感はないのだが、この体が白銀のドラゴンとなって稲妻を落とし、当時国務大臣でありながら密かに悪事を(くわだ)て、反乱を起こしたトリスタンを小さな虫にしてしまったのは事実である。 「ブルーノ殿。彼はユルルングルという伝説のドラゴンの血を引いている。今は……私の妻だ」  オズウェルはそう言った(あと)、そっとエディの手を取って握った。彼に目を向けると、柔らかな笑みをくれる。エディもそれに返すようにして手を握り返し、微笑んだ。 「やっぱりそうだったのか……。いえ、私もあなたが只者じゃないってことはすぐわかりましたよ。色白の肌に虹色の瞳、銀髪なんて、ドラゴニアにいた頃ですら見たことがありませんでしたからね」 「では、エディがユルルングルだとそなたはわかっていたのか」 「実は彼を見た瞬間、ドラゴニア伝記って本に出てきた兄竜を思い出したんです。それで、もしかしたら――と思ったんですが、まさか本当にそうだったとは……。そういえば……、あの欲深そうな商人の男はどうしました?」 『ここにいるよ』  テッドは肩で不服そうに答えたが、その声は残念なことにブルーノにも聞こえていないようだった。エディはくす、と笑みを(こぼ)すと、ブルーノにテッドがとても良い主人であったことや、ドラゴニアへ渡った経緯、そして今、彼はイグアナとして生き、自分の肩にいることを順を追って説明した。言うまでもなくブルーノはとても驚いていたが、一度目を(こす)ってテッドをまじまじと見つめた。それから、静かに話し出した。 「ドラゴニアはドラゴンの棲む島国。今も魔法が生きる神秘的な島です。僕だってこの通り、普通の人間ではなくなってしまいましたが、きっとそういうこと――奇跡が起こり得る場所なのです」  ブルーノの言葉を聞いて、エディはオズウェルと目を合わせ、頷く。ほぼ同時に、ギルバートとウィリアムも深く頷いていた。彼らにも何かしら覚えがあるようだ。 「私は、魔法というのは強い願い事のようなものだと思っています。テッドさんももしかしたら、あのドラゴニアの近海で生きたいと強く願ったせいで、強い魔法をかけられたのかもしれない」 「まさか。それでイグアナになったと言うんですか?」 「もし、意識が朦朧(もうろう)とした中で見たのはイグアナではなかったとしたら?」 「しかし、海に生きるドラゴンの種族は皆、滅びてしまっているはずだ」  オズウェルはそう言ったが、ブルーノは笑みを見せて、得意気に言う。 「どうかな。わかりませんよ。海は広く深いのです。もしかしたら水竜族は体を変異させて、イグアナのような姿となって命を繋いでいるやもしれません」 『ってことはなんだ……。もしかしてオレはイグアナじゃなくて、ドラゴンかもしれないってことか!』  テッドは肩で飛び跳ねながら、声を(はず)ませている。しかしエディはかぶりを振った。 「テッドさんはイグアナですよ。お城でお借りしてきた生き物図鑑にちゃんと載ってましたから。ええと、確か――……グリーンウミイグアナっていう小型のイグアナです」  それを伝えると、テッドはかくん、と(こうべ)を垂れる。それを見て、ブルーノはくす、と笑みを(こぼ)した。 「私もそうですが、お二人とも生きてあのドラゴニアの土を踏んだのは奇跡でしたね。それで? どうして今回はまた皆さんでこんな遠い港町まで来られたんです? きっと何か特別な理由があるんでしょう?」 「うむ。実はな……」  オズウェルはエディとの結婚式を挙げることや、エディの父と母がもし今も生きているのなら、そこに出席してもらいたいと考えていること。そして、彼らを探してこの町へやって来たことを話した。ブルーノはそれを聞きながら、エディ達に香りの良いお茶を()れてくれた。
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