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appear in my dream
とても柔らかく彼は笑っていた。
そして僕を愛おしそうに見つめて強く抱き締めた。
何度も名前を呼んで髪を撫でる。
それは現実とよく似ていたのに何故だかすぐに夢だと気づいてしまった。
ゆっくりと僕をなぞる手を両手で包む。
温もりはあるようでいてないようで確信する。
これは夢だと。
好きだと言おうと思った。
間違いなく夢なのだから思いきり彼を求めてしまおうと思った。
なのに言えなかった。
名前すら呼べなかった。
そしてふと油断した次の瞬間すべてが幻みたいに消えてしまった。
「 」
目が覚めてようやく、彼の名前を掠れた声で呼んだ。
額からは汗が流れて髪は少し湿っている。
こんなに気持ちの悪い寝起きはもう随分となかったのに。
仕事に行く前にもう一度シャワーを浴びないと。
そう思い力を入れたけれどなかなか身体が動いてくれない。
天井に映る彼の残像に手を伸ばす。
確かな感触が肌を伝わり思わず目を見開く。
「好きだよ」
唇の動きを追いかけている途中で視界が歪んだ。
残像だと思っていた筈の輪郭が確かな影をつくる。
同時に胸が張り裂けそうになり、止め処なく涙が溢れて何が何だかわからなくなった。
夢じゃない。
これは夢じゃない。
僕の方が好きだよと、言えないからこそ現実だとわかるなんて酷く矛盾しているけれど。
「あ・・・僕は、」
「・・・・・」
「僕は、」
「・・・・・」
「・・・どうすればいい?」
彼は笑った。
その顔が歪んだならすぐにでも背を向けられたのにあまりに綺麗に笑うからただ見惚れていた。
視界がぼやけるたびに温かいものが頬を伝っていく。
伸ばされた手はいつものように涙を拭う事はせず耳の後ろを包むように首筋に触れられて。
一瞬ぞくりと身体が震えた。
蘇る体温。
生きている生きているよと、鼓動が僕に伝える。
すべてを彼に委ねて何とか逃れようとしている罪悪感がそれでも重くのしかかり行き場を無くす。
卑怯だと罵られた方がいっそ清々しいと強がりも言えない弱虫。
「何もしなくていいよ」
「・・・・・」
「ボクが全部、してあげる」
重ねられた唇から小さく息が漏れた。
彼の香水が鼻を掠める。
繰り返されるそれは深くなる事なく僅かに触れるだけで、子供じみているようでまるで神聖な何かのようだった。
消えないで消えないで。
目蓋を閉じる事が怖くて僕は僕らはいつも見つめ合ったままキスをする。
夢を見てるようだ。
もうずっと、幸せ過ぎる夢を見ているとしか思えない。
そしてあまりにそれが綺麗過ぎるからどうにか現実だと思いたくて、頬をつねる事も出来ないでいる。
だってこれは僕のすべてだ。
この想いは僕の人生のすべて。
「・・・もう一回、して」
全部夢なんだと、いつか目が覚めるその時まで。
どうかあと少しだけ。
大好きだよと貴方は言って、笑って僕にキスをした。
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