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under one umbrella
雨が降っていた。
酷く強い雨だった。
頬の冷たさは雨に紛れ涙が流れたけれど誰も気づかない。
身体を叩く雨粒。
奪われる体温。
誰も気づかない。
彼以外には、誰も。
「泣かないで」
柔らかく笑って彼はそう言った。
降り続く雨に濡れながら彼が真っ直ぐに差し出している傘は彼の右手だけを不自然に雨から守っている。
泣いてないよと嘘は吐けなくて「君だって泣いてるじゃないか」と強がると、少しだけ俯いて開いていた傘の角度が下がった。
綺麗に彼の目線だけが見えなくなる。
口元は笑ったまま。
雨に紛れたその涙を見つける事が出来たのは彼が僕の涙を見つけた理由と同じだったけれど拭う術を持たない。
今すぐ温めてあげたいと思っても濡れた手ではそれも叶わない。
雨は降らないと言っていた。
天気予報はいつだって肝心な時に当たらないものだ。
「貴方が濡れるのは嫌なんだ」
君の目には僕がそんなに酷い人間に見えるらしい。
僕も同じ気持ちだとはどうして思ってくれない?
今にも想いが溢れそうで唇を噛み締める。
音もなく息が漏れる。
手を伸ばして届かない距離は傘の長さの分だけ、けれど今すぐ近寄って肩を引き寄せてもこんな小さな傘では二人とも濡れずにはいられない。
立ち尽くしている僕に一歩近づいた彼が傘の中に僕だけを収めようとしたのに気づいて同じだけ後ろへ下がった。
雨音は遠い。
こんなにも激しい雨なのに。
何か言いたげな彼がもう一度薄く笑って、瞬間頭の先に熱いものが走った。
彼が簡単に笑ってみせるたび僕は叫びそうに狂いたくなる。
「僕は、嫌だ」
「・・・・・」
「僕だけが濡れないのは、嫌だ」
彼の手から地面へと傘が落ちた。
強く引き寄せられて胸の中に閉じ込められる。
今どんな顔をしているのか。
伝わる鼓動と冷たい身体からは想像出来ない。
泣いていて欲しくはないけれど、笑っていて欲しくもなかった。
弱々しく彼の背中へ手を回す。
ぎゅっと更に強い力で包み込まれ何かが弾けて子供のように泣きじゃくった。
雨は止まない。
いくら待っても。
それならせめて今はこの情けない泣き声をかき消して。
僕のすべてを抱き締める優しさが虚しかった。
ねぇ僕は。
君を想う気持ちで強くなどなれない。
なれないけれど。
どちらかしか入れない傘ならばどちらも入らない。
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