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1.前 日
澄み渡った空の、薄い青。
どこまでも続く白い鰯雲の群れ。
枝に鈴なりに生った赤い木の実が風に吹かれて。
黄色に染まった葉が木漏れ日に透かされている。
まさに秋晴れ。キャンプ日和。
俺は両腕を天に突き上げて背筋を伸ばした。肺一杯においしい空気を取り込めば、体内が浄化されゆくようで清々しい気分になる。背後でタイヤが砂利を踏む音がした。後続のグループが到着したようだ。
「慧~!」
先輩の声だ。
車から降りてくるやいないやこちらに走り込んできた彼女に、その勢いのまま体を預けられ、反射的に抱きしめる体勢になってしまう。ふわり、とかぐわしい香りが鼻をついた。香水なのかシャンプーなのか、はたまた柔軟剤か。花の香りまたは石鹸またはシトラス。香りの種類なんかてんでわからないか、とにかくなにかしらのいい香りがした。
心臓がばくんと胸を叩く。
――抱きしめてしまいたい。
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