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「はいはい。抱きつかない。離れて、離れて!」
俺は呆れ顔を繕って、ゆっくりと両手を挙げた。
降参の意、兼、自分はあなたに一切触っていませんのポーズだ。
「慧ってば、いまさら照れないでよ。あたしと慧の仲じゃない!」
俺の胸元に顎を乗せて、眩しいほどの笑顔を向けてくる先輩。オレンジ色のリップ。うっすらと紅潮した頬。ダークブラウンのさらさらの髪の毛が、くしゃっと乱れている。あああ。刺激的すぎる。なんでもない風を装っていても胸の鼓動は正直だ。
自分がこんなにドキドキしていることを先輩に悟られたら。
俺は先輩の肩を掴み、ゆっくりと自分の体から引き離した。先輩の体温が離れて、代わりに秋の涼しい空気が俺達の間に入り込む。
「後輩の情操教育に悪いですから。ね?」
冗談半分でそう言うと、先輩は「後輩ってあいつらのこと?」と後方を指さした。
さっきまで俺の車に乗っていた後輩達が、団子のように顔を並べてこちらを眺めている。どの団子にも下世話な笑顔が浮かんでいる。
「どうぞどうぞ続けてください。俺達はなにも見てないんでっ」と顔を覆った指の隙間からチラ見する定番のおふざけを振られて、「そういう気遣いは結構!」と後輩男子の頭を軽くはたいた。
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