1.前 日

4/10
113人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ
 俺は遠ざかる先輩の背中を眺めながら、冷たい汗が背中や脇を伝っていくのを感じた。あー。暑い。 「はっはっは。やられてんな、慧」と声を掛けてきたのは、同期のカッチこと克己(かつみ)だ。 「おモテになることで」 「からかうなよ。お前に言われると嫌味にしか聞こえん」  カッチは不敵に笑った。就職活動が本格化する前に、と明るく染め直したらしい髪色がよく目立つ。明るいアッシュ色はカッチの涼しげな顔立ちにとても似合っていた。荷物を運ぶ後輩達が、俺達を追い越して行く。その際、女子達がカッチを盗み見ていくのを、俺は見逃さなかった。  当の本人は彼女達の目線にはまったく気付かず、うーんと大きく伸びをした。先ほど自分がやったのとまったく同じ仕草だ。お互い、都内の集合場所からこのキャンプ場まで長距離運転のドライバーを務めたのだ。首から腰まで凝り固まっている。  今日はサークルの秋季キャンプ。俺達は略して(あき)キャンと呼ぶ。  俺、川西(かわにし)(さとる)は都内の私大に通う、大学3年生だ。  一応、この小規模でゆる~いサークルの代表の座についている。まあ、代表などと大仰な役職名をいただいているが、たいした仕事はない。飲み会で乾杯や締めの音頭を取ったりするほかは、こうして運転免許を取得している貴重な男手としてドライバーをさせられるくらいのものだ。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!