1.前 日

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 怒鳴った拍子に、底の擦り減ったスニーカーが急こう配の砂上で滑った。あやうく尻もちをつきかけたが、すんでのところで足を踏み込み、なんとか持ちこたえる。 「それとも年上はダメか?」  一瞬の惨事を免れたことに安心しつつ息を整える。 「ダメじゃない」  言ってしまってから、俺ははっとして口を噤んだ。つい咄嗟に返事をしてしまった。隣を見ると、カッチが嬉しそうに俺を見ている。とうとう本音を引き出してやったと言わんばかりのしたり顔。 「じゃあ決まってんじゃねーか。このキャンプで、なんとかしろって!」  荷物で両手が塞がったカッチが、足で俺のふくらはぎを蹴った。  なんとかしろ、って。簡単に言うけどなぁ……。  先輩とは、サークルの新入生歓迎の飲み会で知り合った。初対面にも関わらず傍若無人といってもいい位の横暴なちょっかいに対して、一貫して反応が薄い俺のことが気に入ったらしい。「慧はクールだよね」などと言われたが、なんてことはない。高校3年間の男子校生活が災いし、入学当時はいわゆる男子校コンプレックスを患っていた。ただ単に女に免疫がなかっただけのことなのだ。  サークルに入ってからもなにかにつけて俺に絡んでくる先輩と出会ってから2年半。飽きずに付き合いは続いている。
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