それは墓まで持っていく

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彼が死んだ、という知らせを聞いたとき、俺は聞き間違いだと思った。 電話を持ったまま固まった俺を、妻が不審そうに見つめていた。 寝ぐずりをしている長女をあやしながら、どうしたの? と聞いてくる。 電話の向こうでは、ツレが彼の死の原因を告げていた。 自殺だって。 あいつが自殺? 何で? だって、恋人と同棲して、結婚するかもとか、年末の飲み会で言ってたじゃないか。 とりあえず、いつものメンツのグループにはLINEで回すから。 信じられなくて、お前には直接言いたかったんだ。 震える声でそう言うツレに、俺だって信じられないと呟く。 電話を切ると、妻が心配そうに顔を覗き込んだ。 そうだ、あいつ、結婚式にも呼んだんだ。 おめでとう、って言ってくれた。 あいつも彼女と順調で幸せそうだから、俺も何のわだかまりもなく、ありがとうって言えたんだ。 昔、俺はあいつに恋をしていた。 きっかけは忘れた。 でも、ヒリヒリするような恋の思いだけは、今でも鮮烈だ。 妻と付き合うようになった時でさえ、あんな思いはしなかった。 高校時代の同じグループ。 気のおけない友人たち。 そんな中、あいつだけは俺の別格だった。 他の奴だって、仲がいいし、友人だ。 でもあいつが笑いかけると、胸の奥がジリジリ焼けるように痛かった。 分かってる。 無意味だって。 あいつには、ちゃんと彼女だっている。 あいつにこんな思いを向けてるのは俺だけだ。 惨めで、それでもどうしても手放せなかった気持ち。 どうしてもこれられなくて、一度だけ伝えたことがある。 あいつは神妙な顔をしながら、俺の気持ちを聞いてくれた。 俺もお前のこと好きだけど、多分お前の好きと種類は違う。 でも大切な友達にはかわりない。 そう言ってくれた。 それだけでもう十分だった。 卒業して、それでも年に何度かはいつもの面子で集まって、飲み会をする。 お互いの近況は知っているけど、それでも会ってみると、楽しい。 就職して、回数は減ってもやっぱり飲み会は続いていて、そのとき俺はあいつから同棲の話を聞いた。 結婚も考えてるって。 ああ、そうだよな。 不毛だ。 やっとそのときそう思えた。 こいつが幸せになるなら、俺も幸せになろう。 そして妻と出会って、びっくりするほど簡単に結婚することが決まり、あれよあれよというまに、結婚式の一年後には子供が生まれていた。 父親の産休? なにそれオイシイノ? 仕事は若干加減してもらってるものの、新生児に振り回される日々。 グループLINEに送る親馬鹿な写真に、あいつはよくかわいいと柄じゃないファンシーなスタンプを送ってきた。 あんまり柄じゃないからそれどうしたときいたら、俺の娘用に買ったと。 バカか。 早く自分も幸せになれ。 幸せだぜ、カノジョの飯うまい。 こっちは俺が飯作ってるよ、嫁のビーフシチュー食いてー。 そんなアホなことを言い合ってた。 それなのに、なんで。 あいつが幸せだと思ったから、俺も幸せだった。 妻愛してる 娘史上最高にかわいい嫁にやらん。 でも、それなのに、あの頃のひりつくような心の痛みは消えずに、くすぶり続けていた。 あいつが自殺したって ウソ、どうして? この子生まれたとき、お祝い持って会いに来てくれたじゃない! ようやく寝ついた娘の寝顔は、この上なく安らかで愛しいものだった。 どうして俺を置いていったんだ いくなら俺もつれてけよ 心の奥底から沸き上がる思いを叫びそうになって、ぐっと噛み殺す。 ああ、今でも俺はあいつのことをこんなにも好きなんだ。 愛しい妻を子供ごと抱きしめる。 柔らかで、幸せな温もり。 何よりも大事なはずのもの。 でも、あいつを喪ったのは、それを捨ててもいいと思うほどのダメージで。 ああ、この思いは墓まで持っていかないといけない。 ようやくわいてきた涙が頬を伝うのを感じながら、俺は妻の髪に頬を押し当てた。
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