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ここは、慶愛産婦人科医院・分娩室。
両手を高く振りかざして、満面の笑みの院長がこう叫ぶ。
「それでは、苦楽を共有いたしましょう!」
この産院の面白い特徴はといえば…
「共有出産」
同時期の予定日の妊婦同士を、調整して同じ時間帯に
一緒の分娩室で出産させるというもの。
和加菜は、はじめての出産で不安なのに、夫が血を見るのが
苦手で立ち合いを拒んだりしたので、この出産方法を選んだ。
出産の喜びをリアルタイムで、しかも同じ場所で共有できる
仲間がいることに、大きな魅力を感じていた。
そんなわけで、和加菜はシングルマザーの香純と、同じ場所で
同じ時間と同じ痛みを共有していた。
そして、この後、一緒に同じ喜びを味わうはずだった。
「おぎゃあ、おぎゃあー!」
「おぎゃあ、おぎゃあー!」
元気な赤ちゃんの声が、二重に聞こえる。
赤ちゃんが二人、同時にこの世に産み出された。
二人の助産師が、それぞれの腕に赤ちゃんを抱えて和加菜の枕元に
やって来て、口を揃えて、
「おめでとう、和加菜さん。元気な双子の赤ちゃんですよ!」
和加菜は、息も絶え絶えに、
「あっ、ありがとう…ござ…います」
双子であることは、エコー検査でなんとなくわかってはいたけれど、
喜びも二倍とばかりに、涙あふれる和加菜だった。
この喜びを分かち合おうと、隣の分娩台に目をやると、ちょうど
産み終えたところなのか、力の抜けた香純の姿が、和加菜の目に映った。
でも、産声が聞こえてこない。
涙でかすむ目をこすった和加菜が見たのは、香純の足元で何かを抱えて
首を横に振る院長の姿だった。
院長は香純の枕元に歩み寄り、
「香純さん、残念ですが…」
その腕の中には、静かにぐったりと横たえた赤ちゃんの姿があった。
香純は、大きく目を見開き、
「そんなことって…」
その目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
和加菜の涙も、いつしか悲しみに変わっていた。
院長は大きく頷き、
「大丈夫。悲しみも喜びも、和加菜さんが共有してくれますよ。ねっ!」
と、和加菜に目配せした。
一瞬「?」と思いながらも、
「そっ、そうよ、香純さん。ここまで一緒に頑張ってきたんだし、これからも
私に何かできることがあったら、協力させてね!」
軽く言ってしまった和加菜だった。
「そうですね。では……」
と切り出した院長は、二人の助産師に目配せした。
それぞれの腕に一人ずつ、産まれたばかりの赤ちゃんを抱いた
助産師たちが、和加菜の枕元に歩み寄ってきて、
「さあ、どちらかお一人…」
「お選びください」
笑顔でそう言った。
「えっ?」
その意味がよく理解できない和加菜は、院長の方にふと目をやった。
院長は、ゆっくりと和加菜に歩み寄り、そっと肩をたたいて、
「このままでは、きっとあなたも香純さんも、共に苦しみだけを
抱えて生きていくことになるでしょう。共有するんです、喜びも」
その柔らかな物言いと対照的な瞳の強さに、和加菜は身動きできなかった。
「は、はい…」
勝手に口からこぼれ出た返事。
次の瞬間には、もう双子の赤ちゃんの片方を腕に抱いていた。
ハッとして隣の分娩台を見ると、助産師たちに囲まれ、もう片方の赤ちゃんを
抱いた香純の姿。
「ありがとう、和加菜さん。これからも私たち、一緒に頑張りましょうね!」
院長は、和加菜と香純、二人の顔を交互に見ながら、
「お二人とも、このことはくれぐれも他言なさらぬよう、ご注意ください。
この秘密を共有できるのは、あなた方お二人だけですよ」
互いに顔を見合わせる、二人の母たち。
静かな微笑を浮かべ、頷く香純。
対して、引きつった笑みを浮かべ、硬直する和加菜。
二人の赤ちゃんの泣き声だけが、高く響き渡っていた。
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