第一章『ロストブルー』

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 かつて『大阪』と呼ばれ、人類の大都市の一角を担っていたこの地域には、人類が残した文明の残骸が多く残っていた。例えば、自動車や電車。革新的なコンピューターやロボット。それらの残骸は、アンドロイドの部品にリサイクルすることができる。また、黒兎が持つ大鎌もそれらの残骸を組み合わせ、再構築した武器だ。こうしたように、文明の遺産はアンドロイド達に豊かな資源を齎してくれるのだ。何か使えそうなものはないかと、辺りを見回しながら歩いていく二体のアンドロイド。しかし、既に他のアンドロイド達に回収されているのか、それほど目欲しい素材はなかった。  黒兎は雪で半分以上が埋もれている自動車の中を見て、ため息をついた。 「車の部品が抜き取られて使い物にはならない。この辺りにはもう資源が残っていないようだな」 「侵略者(インベーター)の襲撃が来る前はいくつか拠点地もあったし、見える範囲のものは殆ど回収されているね。廃墟内を見れば、まだ残っている資源があるだろうけど、……見に行くかい?」 「少しだけ寄ってみるか」 黒兎はアリスの提案に乗った。 「こっちだよ」 アリスが黒兎の手を取る。冷たいが、柔らかい感覚がした。 「君の手は暖かいね」 「……そうか?」  お前と変わらないと思うが、という言葉を黒兎は飲み込む。アリスが黒兎の手を何度も擦ったり、指で揉んだりしているからだ。 「アリス、くすぐったい」 「ああ、悪いね。何だか懐かしいと思ってね。理由は分からないけれども」  そう言って彼女はぎゅっと黒兎の手を握った。離してはくれないようだ。アリスはそのまま黒兎を崩壊した街中へと引っ張っていく。子どもみたいだな、と思ったがそれは心の中に仕舞っておいた。  彼女に導かれ訪れたのは、あるビルの一階にある店舗……だったものだ。このビルは比較的、倒壊が少ない。看板も雪が覆ってあるが、読めないことはない。黒兎はそれを読み上げた。 「ゲーム……、ワールド?」 「私のとっておきの場所なんだ」  自動ドアがあったようだが、どうやら外れてしまっていて、入り口が開けっぱなしのままのようだ。店内に少しだけ雪が入り込んでしまっている。斜めに吹く雪風の影響だろうか。アリスは黒兎を連れて中へと入っていった。  どうやらここは、かつてゲームセンターだったようだ。いくつものアーケードゲームが置いてある。店舗内は薄暗い。アリスが筐体の触れると、液晶から淡い光が漏れでた。 「簡単な筐体の修理はお手のものさ」  スペックが高いアンドロイドは自分よりスペックが低い機器に対して、電気信号を流し込むことができる。その応用でアリスはこの筐体を治したのだろう。もちろん、旧型である黒兎はそんな芸当は真似できないが。  ふと、思い立って黒兎はアリスから手を離す。 「どうしたんだい?」 「……いや」 スペックが低い機器に対して電気信号を送れる、というのはスペックが低いアンドロイドに対しても同じだ。つまり、彼女に触れられている状態だと、自分の体に対して何かしらの命令信号を送られることも考えられる。とはいえ、いくらスペックが低くてもアンドロイドでるため、この筐体よりは抵抗力があると思われるが。  などと黒兎が考えているうちに、アリスがこちらを睨んできた。 「何を妄想したんだい?」 鋭い声のアリスに黒兎はどきりとしてしまった。 「いや、……特には」 「安心したまえ。確かに君の造形は私好みではあるが、スリープ状態にさせたまま、体を堪能してその綺麗な顔をひたすら見たいとか、そういうことを考えているわけではない」 「そこまで言ってないが?」  ともかく、不用心にアリスに触れるのは危険だと黒兎は思った。  その時、ローディングが終わったのか、筐体から声が聞こえた。 『ようこそ、シューティング魔王の世界へ』  液晶に目を向けると、目がちかちかするような点滅がいくつも蠢いていた。 「なんだ、これは」 「横スクロールのシューティングゲームだよ」  随分と古いゲームのようだ。画面の中には空飛ぶ魔法少女のイラストがあった。この魔法少女を動かして、この点滅を避けるゲームのようだ。 「二人で遊べるんだ。どちらのほうがスコアが高いか、勝負しないかい?」 「別にいいが」 「でも、単に勝負するだけではつまらないだろう」  当初の目的を忘れているな、と黒兎は思ったが、アリスが楽しそうなので付き合うことにした。 「負けたほうが何でもいうことを聞く、……ってのはどうだね」 「ちょっと待て」  黒兎はアンドロイドのスペック差が出ることを懸念したが、アリスは首を振った。 「大丈夫だよ、このゲームはあまりにも古いからね。アンドロイド同士ではさほど差は生まれないと思うよ、……多分ね」 「多分って言ったな?」  とはいえ、目が輝いているアリスの気持ちを無下にあしらうのも無理な話だ。黒兎にとって、妹か娘の遊びに付き合う気持ちとよく似ていた。 「まずはキャラ選択だな」  アリスの声と共に画面はキャラクターセレクトに移った。画面からは明るく高い声のガイド音声が流れる。 『最初に一Pのキャラクターを選んでね』  操作場所を鑑みると、アリスが一Pのようだ。彼女は筐体のボタンを操作して、キャラクター選択を行う。画面の中のキャラクターが横にスクロールされていった。そんな様子を見て黒兎は口を挟む。 「キャラクターによって性能差があるんじゃないか」 「確かにそうだね。……でも、色違いではあるが、二人とも同じキャラが選べるよ。君が選ぶといい」  そう言われてもどのキャラクターがどのような性質を持っているのか分からなかった。とはいえ、口出ししたのは黒兎だ。黒兎は仕方なく画面を覗き込んでキャラクターを見つめる。  魔法少女、といっても、魔法使いの容姿をしたキャラクターは一部で、妖精や猫耳のついた少女など魔法少女らしからぬ見た目のキャラクターもいた。  その中でひとつ気になったキャラクターがいて黒兎が指をさす。 「これはどうだ?」  アリスは黒兎が示したキャラクターを見る。そのキャラクターは、ブロンドヘアの少女で青いエプロンドレスを身に纏っていた。そう、アリスとよく似たコスチュームの少女だ。キャラクターの名前も『アリス』だった。 「きっとこの少女も私のようにアリスに憧れていたのだろう」  アリスは『アリス』を選択する。黒兎も続いて『アリス』を選択するが、二Pカラーの黒兎の『アリス』はピンクのエプロンを身に纏っていた。 「さぁ、始めるよ」  いよいよゲーム開始のようだ。画面はバトル画面へと切り替わった。 **  結果は偏差でアリスの勝利であった。 「……スペックの差」 「おや、負け惜しみかい?」  アリスは勝ち誇った表情を見せる。アリスのスコアは九九九九点。このゲームにおいての最高理論値を叩き出していた。対して黒兎は九九九〇点。動体視力においてはほぼ同じ能力のようであるが、反射神経においてはアリスのほうが高いようだ。これは最大理論値が存在するゲームなので、実際の能力はアリスのほうがかなり高いだろう。  とはいえ、負けは負けだ。黒兎自身ももう少し頑張れたところがあった気はしていた。いや、気がするだけだが。 「……で、何がいいんだ?」  黒兎はアリスに尋ねる。敗者は勝者の言うことを何でも聞く、ということだった。 「えろいことはやめてくれ」 「君は私を性犯罪者だと思ってるのかね?」  心外だ、とアリスは呟いた後、照れくさそうに黒兎を見つめた。 「わ、私を……」 「お前を?」  すぐに黒兎から視線を逸らし、彼女は言った。 「私を撫でては貰えないだろうかっ!」 「……」  黒兎は何故かほっとした。もっと無茶な願いを言われると思っていたからだ。 「分かった」  黒兎はブロンドの頭に手を伸ばす。溶けた雪で濡れた髪を感じながら、小さな頭を撫でる。無言のまま頭を撫でるのも、場にそぐわないような気がして黒兎は口を開く。 「……よしよし?」 「~~~~~~っ!」  アリスは顔を真っ赤にして黒兎から離れた。 「えっと……」  何かまずいことをしたのだろうかと黒兎は不安になる。しかし、アリスが不快そうな顔を見せていないので大丈夫そうだ。照れているだけなのは黒兎でも分かった。 「よ、よしっ! 任務に戻るよ、黒兎っ!」  アリスがそう言って、ずかずかと外へ出て行く。黒兎は乾いた笑みを浮かべてそれについていった。  ……そういえば、資源漁りに来たはずでは。  黒兎は当初の目的を頭に浮かべたが、すぐそれに固執しなくなった。  またアリスと共に、帰路に寄ればいいのだから。
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