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恋と呼ぶには遠い
風に揺れる艶やかな黒髪。
靡かないよう、髪に添える手。
そんな仕草も全て愛しい。
けれど、この気持ちを恋と呼んでいいのか。
彼女だから好きなのか。
それとも……。
ああ、これは恋じゃない。
目で追ってしまうのは長い黒髪に心が惹かれるからだ。
彼女だからではない――きっと、この気持ちは恋じゃない。
自分に言い聞かせるように「この気持ちは恋じゃない」と心に刻む。
長い黒髪を目で追うだけで終わる。
それだけだ。それだけなんだから。
恋と呼ぶには軽すぎる。
ふと、彼女が振り返る。
長い黒髪が弧を描くように揺れ、切れ長の目が僕を捕らえた。
その瞳に吸い込まれそうになる。
黒髪の下、顔のパーツなんてろくに見ていなかった。
艶やかな黒髪にただ心が惹かれていただけで、彼女自身に惹かれていたわけではないのに。
僕を見つめる瞳に、柔らかい弧を描く唇に、その全てを包む黒髪に――僕の心は跳ねる。
脈打つ心臓。体が熱い。
彼女は何も言わず、微笑みながら僕を見つめている。
何も言葉が出てこない。
好きだなんて軽い言葉は言えない。愛してるでは重すぎる。
ああ、僕は何でこんなに恋という気持ちから遠かったのだろう。
今さら後悔しても遅い。
僕は言葉にならない気持ちを伝えるべく彼女に近づく。
長い黒髪を撫でながら一房を手に取り、そっと口付けた。
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