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月下美人
男は夕飯のころにひょっこり現れ、そのまま夜を過ごし、昼前には自分の作業場に戻る。
こんな暮らしが何年か続いている。
男は誰も読めない達筆であろうと、誰も真似できない悪筆であろうと一瞥しただけで再現する。
公式な書類を偽造しているとすれば犯罪者であるが、本当のところはよくわからない。
今日こそはいいかげん放り出してしまおうと思いながらも、女は男をおかえりと迎え入れる。
「すまん、ちょっと迎えにきてはくれんかな」
これは珍しいパターン。
男が誰かにお願いをするところを、女は見たことがなかった。
男は社会人の重要マナー、報連相も持ち合わせてはいないのだ。
女はちらりと窓の外を見る。
深い赤と濃い青がせめぎ合っている空。
男は目に持病があって、調子が悪いとあまり動けなくなる時間だ。
女は身ひとつで男のもとへと急ごうとした。
思い直してエプロンのポケットに財布を放り込む。
駄目な男がうっかり転んで怪我でもしていなければよいが。
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