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 今でも鮮明に記憶している。  私がまだブラジャー未体験だった小学六年生の頃。  八月七日、雷精を沈めるためのお祭り――鎮雷祭(ちんらいさい)に遊びに来ていた。時刻は午後の七時過ぎ。  鎮雷祭とはその昔、この時期になると必ずやってくる連日の雷雨に困り果てた狩猟が、山で出会った大きな雷精に供物を捧げたことでその年の雷雨を鎮めた――とされる伝承の名残りだ。  私は正直まったくこれっぽっちもてんで興味のない話だった。 「ねースミちゃん、あっちで鎮雷の儀式やってるよー。見に行ってみる?」  スミちゃんとは私のことだ。苗字の川澄の澄を取ってスミちゃん。捻りはないが愛着はある。  友人の園田 妙子(そのだ たえこ)――妙ちゃんは、艶やかな花柄の着物をお洒落に着こなしている。茶色がかったショートヘアーが振り回される度に、吸引していたくなるシャンプーの香りがする。  神社の入口に小首を傾げて、いつも以上にピンクの色した唇を私に向けている。 「出店を二週してから、お腹がいっぱいになってたら、行ってもいいよ」  私は肩口の空いた白いキャミソールワンピースの上から、空きっ腹を撫で回しながら答えた。  頬を通って肩にかかった長い髪が連動して揺れる。いい香りは……特にしない。  神社の奥では、水色装束や黄色装束を纏った大人たちがぐるぐると回りながら「コヒーグレスーフレー」と奇妙な声を上げているけど、手にした水飴を口いっぱいに頬張った瞬間、雑多な感覚は甘味に弾き出される。 「それたんなる食休めじゃーん。しかも高確率で行く行く詐欺のやつ……。今年のスミちゃんも変わらないねー」  妙ちゃんの含蓄ある口調に、だけど私の意見は変わらない。
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