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風が強く冷たい日だった。
いつも通り工房で請け負った彫刻の仕事をしていると、工房の出入口二続く裏庭から低く響く男の声が聞こえた。
「大きな作品だな、それ。女の身には余るだろう」
声の方向へ振り向くと、私よりも少しばかり若そうな体格のいい男が庭の柵に肘をつきこちらを見ていた。
「生憎だけど、私はそんなにヤワじゃないのでね」
「だろうね。大きな木を扱い繊細な細工を施す。……しっかりと地に足をつけて人を見据え、助けを惜しまない。そんなあんたに付け入る隙を、今俺は必死で考えてる訳だが」
何者かと若干不審に思い、手を止めて男の元へ近付いた。
そんな私を見て彼は眉を上げた。
「しかも春にルカが手紙で寄越してきた通り、今までお目にかかった事も無い美女ときた」
「同種……違うな、狼族か。ここの住人が私に何の用だい?」
「あんたに会いに。俺はケリー。物の売買をする仲達の仕事をしてる。ちなみに力仕事も料理も得意だし、綺麗好きでもある」
「その要領を得ない話の内容からは、とても取引を生業にしてる者だとは思えないな」
ケリーと名乗るその男。
濃い灰色の短く刈った髪に鋭角的で精悍な顔付き。見る者を位竦ませる鋭い目付きをしている。
そんな外観にそぐわずゆったりとした話し方で身なりも悪くない。
「取引をしてるつもりだよ、これでも。俺と今年の冬を一緒に過ごさないか」
「……申し訳ないけれど不要だね。私は犬族だからといってつるむ性質じゃないんだ」
「そういうとこも俺と気が合う…タダでとは言わない。あんたも滅多に見た事は無いだろう」
男がくい、と自分の後ろの荷車を顎で指した。無造作に原木のままの木材が何種類か積んである。
「紫檀、鉄刀木、その他東方でしか取れない銘木らしいけど」
「………………」
堅く重い木の為に、加工や細工が難しいと言われている。
だがそれだからこそ、作られた物は重厚な艶を放ち装飾に深い陰影を与える。生前に彫刻家だった私の主人がそう教えてくれていた。
「あれは鉄の様に重い。あんな物をここまで一人で運んで来たのかい」
馬二頭位使わないと無理だ。呆れてそう言うとその男、ケリーは何でもないという風に肩を竦めた。
「余り木で俺はチェスの駒を作るよ。それで寒い冬を楽しもう」
雪が降り海から吹く風も相まって比較的厳しいこちらの冬は、飲食店や宿屋などを除く大概の仕事が仕舞いとなる。
私も冬場は小さな作品を作ったりする、せいぜいその程度だ。
少し距離を離してもう一度ケリーを見た。
私に無遠慮に見られているのを気にも留めず頬杖をつき微笑んでいる。
「私のやる事に口を出さないでいてくれるなら」
「俺たちの人生は長い。今改めて会って、あんたは俺にとって世界に一つとない、宝石の様な存在だと確信した。それなりに扱う事を約束するよ」
「そう願いたいものだね」
すぐにそんな台詞を吐ける男には二種類いる。
馬鹿か軽いか。
それは置いといて、害にはならなそうだ。
彼に背を向けて家の玄関に向かって歩き出した私に、ケリーは尻尾でも振ってそうな嬉々とした様子で後を追って来た。
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