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雪が積もった翌々朝にその若い男は次なる家を探しに行った。
細い筋を割る様に雪道をいくその男の後ろ姿を窓際から見送る。
元の世界に帰れる女は滅多に居ない。
男の場合はそうでも無いが、別の意味で難しい。
そもそも閉じてしまった心を持った者を受け入れる、ここの住人の……いや、人の世界でも、そんなものは簡単に出来る事ではないのだ。
それでも私は願う。
ひと握りの希望がある限り。
「……もう戻って来ないのかと思っていたよ」
壁にもたれたままの私の背後から、もう聞き慣れた低音のよく響く声がした。
「何でだ? ……流石に冷える。飲み物を貰うよ」
キッチンに早足で入って来たケリーが身震いしながらコンロに火を付ける。
「私はここでの自分の行動を恥じた事は無い」
「……何の告白だ? じゃ、俺もしようか。愛してるよゴーダ」
カップを出して注意深く茶色の液体を注いでいる彼に、呆れた視線を向けた。
「お前は私の事を知っているのか?」
「内情ならキルトって気のいいオッサンから聞いてるよ」
椅子に腰かけて一口それを飲んだケリーは上目遣いで私を見、お互い特に言う事もなくやがて彼が立ち上がり伸びをした。
「朝寝でもしようか、寒いし」
「は?」
そうして私をひょいと抱き上げるとさっさと寝室に向かい、私を抱えたままで器用にベッドの中に潜り込んだ。
「お、前はどうしてそう人の話を聞かない?」
身動ぎをするとそれを拒否するかのように胸の下で組まれている彼の腕にぐっと力がこもった。
「いつも聞いてるよ、ちゃんと。それとも毎度あんたの望む答えが欲しいのか?」
「そういう訳じゃない」
「あんな苦く煮出してるのにいつもの様にクリーム入りのコーヒーを飲んでない。それがあんたの幸せなら俺は構わない。だけど俺とのセックスは悪くなかっただろ?」
「私は彼らとの行為をそんな風に思っている訳じゃない」
「どうでもいい。ただ大切な女には俺にとっては女でいて欲しいだけだ。あの晩のあんたは完璧な女だったし、今もそうだ。そして出来ればあんたにとっての俺は、あんなクリームみたいなものであればと俺は願ってる。これでいいか? 今回は隣町まで行ってたから一晩歩きっ放しで疲れたよ」
凄くいい匂いだ。私の首元に顔を埋めた彼が一言そう呟き、何かを答える間もなくがっしりと私を後ろ抱きにしたまま呑気な寝息を立て始めた。
あの唐木や大荷物を抱えて何時間も歩いてここに来る、そんな時こいつは何を考えていたんだろう。
しかし多分、訊いてもこちらが一体どんな顔をすればいいのかも困る様な、厄介な答えしか返って来ないに決まっている。
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