01 猛獣使いになっていた

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01 猛獣使いになっていた

私には物心つく前の記憶が無い 気付いた時には野犬に襲われたと思われるほどの深い傷があり、流れる血を服で濡らし、 雨の中に立っていたと… 孤児として育ててくれた、孤児院の教師は何度も言っていた 医者は生きていた事が奇跡と口にするほどの深い傷だったらしく それが原因の精神的ショックによる、記憶喪失になったのだと だから、その前の記憶が私には存在しなかった 生きてきた事が奇跡であり、身寄りの無い私が優しい夫婦に引き取られたのは偶々運が良かったからだ でも、私が8歳になる前に母は事故で他界し、不安定になった私の父は酒に明け暮れて子育てを放棄した 家でも外でも浴びる程に酒を飲み、終いには、 学校から帰った時、父が目の前で首を吊って死んでるのを見た 不思議な程に悲しくは無かった、そうなるんじゃないかとどこかで思っていたから 周りの人も時間の問題だと陰口を言ってた程に、父は母を愛していた でも…私は? 私を愛してくれていたのは、人形のように可愛いと微笑んでいた母だけだった 父はその母の姿が見たい為に、子供を引き取ることを承諾しただけ 母にとって、私は都合のいいペットだった 里親になってくれた両親の言うこと聞くように躾けられていた為に、 下手に口を挟まず、我儘を言わず、黙って顔色を伺って過ごしていたからこそ母は可愛がってくれた 他の子や、その家族を見て 愛情と違うのは、物心付く頃には理解していた 父が他界し、可哀相だと哀れむ目を向けられ 同情心のまま優しくされても何一つ心に響かなかった 親が居なくなり、孤児院に戻ってからは もう一度…箱庭から出る事は無かった 教育は孤児院に務めてる教師が行い、 子供が入れ替わったり、戻って来たり、抜け出しては怒られる子を見ていた ルールに反すると体罰もあった 孤児院もまた…行き場のなく、親のいない 子犬を育ててるようなシェルターに過ぎなかった 彼等が向けるのは愛情では無く、外に出しても恥ずかしくの無い教育のみだった 18歳を過ぎ、生活保護の支援を受けながら一人暮らしをしたものの 社会に慣れず、バイトは上手くいかなかった 口数が少なく、愛想が無いのが原因らしいけど 「 私に言われてもな…… 」 半年も経過してないバイトを辞めた 何度も邪魔だと言われ、邪魔なら…と 辞める事を口にしてから立ち去った 逃げる事だけが、生きる術だった私には 必死になってまで其処にいる理由が無い ″ 妻がいなければ、オマエはいらない… ″ 父も似たようなことを言ってたと、脳裏に過る 酷く柔らかい風が身体を撫でる様に触れ、背後へと去っていく 白いガードレールに掛けた体重を前へと重心を傾け、足元を見れば地面は見えない程に暗く 一箇所だけ木々が生えてない 此処は山奥にひっそりある自殺スポットらしく、タクシーで付近まで来てから歩いてきた 賃貸やビルなら迷惑になる事は父の時に知っている だから、色んな事を考えて試した 首を吊っても何度も強度が弱かったのか死ぬ事は出来なかった 手首を切っても痛みで止めてしまった 狭いトイレで木炭を炊いて窒息死をしようとした時には、近所の住民が匂いで通報した事で一命を取り留め 川や海に落ちてみたけれど、泳げるから意味がなく 無意識にプカプカと浮いてしまうだけだった いっそのこと薬で死のうかと思ったけど、市販の睡眠薬程度では長く寝るだけ 浴びるように酒を飲んでも吐いて、体調を崩すだけ なら…もう、救いようが無い高さから落ちる事しか無かった この世に残してる人間はいない 未練があるとするなら″ 愛情 ″ってのを知りたかっただけ 「 だから…私はもう…… 」 死ぬ事は何一つ怖く無かった 痛いのは嫌いだが、苦しむの様な痛みは何度も経験してる 何度も未遂を経験するより、 最後に痛みが一度で終わるなら、それで良い 此処まで歩いてくる間に、思い出の無い過去を沢山振り返った 死ぬ理由も幾つも上げて、死ぬことが逃げだ、と言われようとも…もう如何でもいい 「 来世はきっと…幸せでありますように…… 」 目を閉じ、前へと重心を傾け落下する感覚に全てを委ねた 僅か2秒弱、人生の中で一番長い時間だと錯覚するほどにその瞬間はとてつもなく長く感じた   「( 私の人生……つまらないものだったな…… )」 何が楽しくて生きているのが、 何が悲しくて涙が出るのかも分からなかったけど 今は、何故か…目から雫が流れていた 落下する身体とは反して、上へと上がる雫を見ていれば、随分と2秒は長く思えてきた 「 ん?……え……? 」 雲に覆われた夜に来たはずなのに、落下しながら夜空を見上げれば 一面に広がる星々や、日本では小さくでしか見れないはずの月が それはとても大きくハッキリと真横にあった 綺麗だと思ってしまうほどの迫力に、自分の置かれている状況を忘れ去ってしまうぐらい 見惚れてしまった いや…なんで、私は落ちないし、月はあんなに綺麗なんだろうか? そう思考が回転し始めた時には、置かれている状況にパニックになってきた 「 えっ、えっ……えぇ……?? 」 叫ぶ事は無いにしろ、下を見れば森のように木々は近付いてきた 明らかに落ちてる位置が変わってるし、視線の端に写った獣の背中には、真っ白で大きな翼が二枚生えていた 「 いや、まっ、……ぶつかる!! 」 このままじゃ飛んで来る獣の背中と衝突してしまう、絶対に当たったら痛いし、 私はいいんだけど、他の人?ではなく獣まで被害を増やす気はない なんの為に誰もいない、人通りの少ない山を選んだのか意味が無い 「 っ、避けて!! 」 「 え? 」 もうぶつかってしまう 滅多に発しないほどの大きな声で、避ける事を求めれば まるで獣が車と衝突する瞬間、足を止めて車の方を見てしまうのと同じように 白い翼を持ち、鷲のような顔面に鋭い嘴を持った獣は、金色の瞳を見開いた 今、一瞬…えっ?って人間みたいな声を発し無かった?気のせい?なんて考えてる時には、時すでに遅し 盛大に、この大きな獣の背中へと追突した 「 いっ!! 」 「 グハッ!! 」 飛んでいた翼は衝突した事でバランスを崩し、空中を転がるようにお互いの身体は回転し、そのまま森へと落ちていった 木々にぶつかり、枝や葉で皮膚が切れる感覚はするも、クッションになったように地面に落ちた時には、そこまで痛くは無かった いや、思った以上に痛くないだけで滅茶苦茶痛いけど!! 「 っ……いっ、た…… 」 太い枝で横腹をぶつけた痛みに、起き上がる事が直ぐには出来ず 身を僅かに縮め、痛みで眉を寄せる また死ぬことを失敗した…なんて思うより、はっと我に帰る 「 さっきの、デカイ…鳥…… 」 そう言えば、鷲にしてはデカい気がするぐらい大きな見たことの無い鳥に追突して 自殺の巻沿いにしてしまったことを思い出す 傷んで軋む身体に鞭を打ち、生え茂る雑草を掴み身を起こし、辺りへと視線を向ける 落ちた方向は見たはずだと、横腹を押さえて、ゆっくりと歩いて探す 「 あ、いた…… 」 木を僅かに避けて進んだ先に、大きな獣は横たわっていた ピクリとも動かない様子に嫌な予感がする 自分が死なず、巻き込んでしまった獣が死ぬなんて絶対に嫌だ 見たことの無い大きな獣だが、そんな事を気にする余裕も無く直ぐに近付く 「 どうしよう…………そんな、つもりなくて……。ごめん、なさい…… 」 獣は御伽で見た事のある、グリフォンみたいな姿によく似ていた 灰色掛かった鋭く大きな嘴に、鷲のような頭、前脚は鳥のようだが、後脚は太くライオンのようで、尻尾は長くロン毛の犬みたいな、羽を含めて全身が真っ白な獣だ こんな獣が日本に?それとも死んで夢でも見てる? なんて思うけど、自分の身体の痛みから夢にも思えなかった 夢でも、いいから目を覚まして欲しい 「 巻き込んで、しまって…ごめんなさい…… 」 恐る恐る獣の首元に触れれば、鳥のような羽根がびっしりと深くまで生え揃い、柔らかく羽毛布団のようなんて思ってしまうぐらい 気持ちのいい毛並みをしている 毛にそって撫でながら、首元に額を当てる 密かに感じることの出来る呼吸に安堵するも、気を失ってるようにピクリとも起きない 「 起きて……お願い……。目を覚まして…… 」 私が死ぬのはいい、でも…他の人や獣が死ぬのは見たくない 呼吸がいつ止まるか分からない不安に涙は薄っすらと浮かび、目元へと溜まる 「 起きて……″ シエルロワ ″…… 」 この獣を知るはずもないのに、口に発したのは、名前のような単語った シエル・ロワ 天の王…と言う意味を持つ獣は、 それまで浅く呼吸をしていたのが一瞬、大きく息を吐き、めいいっぱい肺へと空気を送った   「 っ……? 」 チクリと耳に走る痛みに一瞬、何か刺した?と思い耳朶へと触れれば着けたことのないピアスのようなものがあった なんで?と触れて思ってる間に、獣は身を動かした 「 グゥ…… 」 閉じていた瞳は薄っすらと瞼を持ち上げた事で、ぼんやりとした視力は大きな金色の眼球を動かし、首へとすがり付く様に触れていた私を写す 「 大丈夫……? 」 声を掛けた私と、驚くように瞳孔が開いた獣は、状況が理解出来ない様子 無理もないと思って離れようとした時には、獣の方が先に身体を起き上がらせ、離れた 動ける様子に大丈夫そうで嬉しいけど、 明らかに威嚇と言うか動揺されている 「 グルルルッ 」 顔は鷲のような鳥なのに、威嚇は大型犬の野犬のように低く、喉奥を震わせて唸り声を上げた 私が座り込んでるから大きく見えるのか、と思うけど…そうじゃない この獣は、元々大きいんだ 羽を広げたら、左右合わせて四mはゆうに超えそうで、その体格はスマートだが虎のように大きい 見下げられたまま唸る声と、鋭い瞳に大型の肉食獣を思わせる けれど、何故か…不思議なぐらいに怖くは無かった 「 動けて良かったよ…。怪我してない?大丈夫? 」 「 !! 」 瞳孔が開き、唸り声は徐々に小さくなる 威嚇よりも私は、とても安心していたんだ 「 良かった……。飛び降り自殺に巻き込んでしまったから、申し訳なかったんだ……。私が死ぬのは構わないけど…貴方が死ぬのは良くないから……」 「( 自殺……? )」 獣相手だから尚更、言えるのか分からないけど 言えたことに満足すれば、まるで言葉を理解してるように獣は空へと視線上げた 木々の枝から見える空には、崖があるとは思えないほど辺りは森が続いてるように思えた それは落下してる時に見たから分かる 疑問を浮かべるように此方を向いた獣を見て、私は肩を竦めて笑いゆっくりと立ち上がる 「 やり直ししなきゃ。…飛び降りる場所を探そう……またね、獣さん。そして…ぶつかってごめんなさい 」 痛がってる様子はないのをみて、私はそれだけ伝えれば行くあても分からないけど 取り敢えず崖を目指して脚を動かした 痛む横腹はきっと痣になってるだろうなって思いながら、歩いていく 獣はポツンとその場に立ち尽くしていたけど、気にする余裕は無い 自殺モードに入ってるから、 どうしても自殺を成功させたかった
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