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やけに月が綺麗に見える。
事前に中秋の名月だという情報が頭の中にあるからなのか、それとも実際に何か科学的理由があるのか。はたまたボクが今わざわざマンションの屋上に侵入してレジャーシートを広げて、スーパーで買ってきた月見団子と日本酒で月見を満喫しているからだろうか。
「いいものですね。中秋の名月なんて仰々しい名前が付くだけはあります」
間違いなく隣にカンナがいるからだ。
ふんわりとしたロリータ調の服装は、マンションの屋上にはなかなかミスマッチな気もするけれど、周りに同じ高さの建物がほとんどないおかげで、彼女だけ見ていれば月と美女という最高の組み合わせだ。
それに合わせようと服装をゴシック調にしてきたのは我ながら正解。男装が似合う見た目で本当に良かった。彼女に添えられるのなら、喜んでタキシードでもなんでも着よう。
ただ、こんな格好をしたのだからお酒も洋酒にすればよかったと思わなくもない。日本の風習なのですからの一点張りで通されたから、しかたないのだけれど。
「ちょっと悪いことをしているのが気持ちを高揚させるのですかね。私ったら悪い人。ふふ」
カンナが楽しそうなら、これくらいのこと、気にしなくてもいい。
お酒に染まった耳がチャーミングなせいで、ボクの思考回路がなかなかバカになってきているみたいだ。
風が冷たいけれど、火照った体と湯だった頭にはちょうどいい。足りないくらいだ。
この雰囲気に合う素敵な言葉がふいに浮かぶ。きっと今日本中で言われているだろう。ボクも流行りに乗ってみよう。
「月が綺麗ですね」
「人の言葉を借りるのですか?」
ニコリと笑いながら首をかしげる愛くるしさとは違い、言葉には圧力があった。
「手厳しいね」
「私はナツキさんの言葉が聞きたいだけですよ」
リテイクをくらうとは全く思っていなかった。しかも、なかなか楽しみにしていらっしゃるご様子。
姫の期待に、執事は応えなくてはならない。
浮かんだ言葉は、きっとお酒が入っていなければ思いついても言えなかったに違いない。
あとで思い出して悶えることを考えると、少し笑える。言ってやろうじゃないか。
「月が綺麗なのはどうしてなのか、考えていたんだ」
「答えは出ました?」
「うん」
「どうしてですか?」
期待に満ちた目をじっと見つめながら、微笑みかけてみせる。
「月が綺麗なのは、隣に愛おしい人がいるからだ」
カンナは左手を胸に置いて、少しうつむいて頬を緩めた。
「ああ。だから私にも、今日の月は特別綺麗に見えるのですね」
数秒の沈黙の後、バカバカしくて二人で笑ってしまった。
だけど、月が綺麗な理由としては、一番しっくりくる。
自分の言葉を賞賛するのは、なんとも面はゆいけれど。
「ねえ、ナツキさん」
「なに?」
「ストレートな言葉も聞きたいの。ダメかしら?」
「ダメなもんか」
君が望むのなら、いくらでも。
了
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