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或る日曜日の晩、僕は轢き逃げ事故を起こしてしまった。轢いた犯人の大半が証言する通り怖くなって逃げてしまったのだ。幸い目撃者はいない(と思う)が、その後、僕は後悔して無性に罪滅ぼししたい思いに駆られ、尚も村時雨が降る夜道を車で走っていた。すると、前方に歩道上でうずくまっている人を発見して、どうしたんだろうと心配になる反面、いきなりいい機会が巡って来たと思ったので路肩に車を停めて降り、傘を差して目標へ向かって進んで行った。
近づくと、ずぶ濡れになった長い髪を前に垂らしている所為で顔は見えないものの服装や体つきから若い女だと分かった。
「ど、どうしたんですか?」と僕がどきどきそわそわしながら尋ねると、彼女は項垂れた儘、弱々しく、「助けてください」と言った。
長いこと雨に打たれた所為で見動きが取れない位、体調が悪いのだろうかと更に心配になった僕は、彼女を傘の中に入れ、「取り敢えず僕の車の中で雨宿りしましょうか?」と聞くと、「はい」と彼女が答えたので彼女を抱き起して車に向かった。その間、彼女の体が骨の髄まで冷え切っているのを感じた僕は、自分も寒々しながら彼女を車の助手席に乗せた。
僕は運転席に乗った後、グローブボックスからタオルを取り出して、それで濡れた所を拭くように彼女に促すと、彼女は言われたとおりにする間に濡れた長い髪で隠れていた顔を露にした。
で、思った通り若くて尚且つ美人であることが分かった僕は、一目惚れして、これぞ棚牡丹だ、この機会を無駄にしてはならないとまで強く思った。
勿論、エアコンの暖房が効いていたので、「少しはあったかくなりましたか?」と僕は聞くと、彼女がええと答えて微笑するのに構わず続けて聞いた。
「どうします、病院に行きましょうか?」
「いえ、大分、具合がよくなりましたから。あの、その代わり我儘を言うようですが、家に送っていただけませんでしょうか?」
「いいですよ。ナビをセットしますから住所を」と僕は言いかけたが、いきなり個人情報を聞いたら不味いかと気づいて口籠ると、彼女がすんなり住所を教えてくれたので自分に好意を持っている気がして頗る嬉しくなった。
僕は彼女の家に向かう中、気分はどうですかと聞いてみると、もうすっかり良くなりましたと彼女が満面笑顔で答えてくれたので、これは間違いなく僕に好意を持っていると手応えを感じて益々この機会を利用しなくてはという思いに駆られ、その結果、僕らは名前を名乗り合うに至った。
彼女曰く、「いとうゆめみと言います」それを聞いて僕はドリームの夢とビューティフルの美と書いて夢美と勝手に決め込み、正しく文字通り夢のように美しい女性だと思った。
結局、名前を名乗り合ってから何の進展もない儘、彼女の家に着いた時、丁度、雨が止み、笑顔でお礼を言う彼女を門前で降ろした。表札を見ると、伊藤とあった。
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