腕を愛でる

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 ふふふ。  どうしたの。そんなに動揺して。  まあ、そうだよね。  びっくりするよね。  僕もね。すごく驚いたんだ。  何度もそんな馬鹿なって否定した。偶然の一致だって。  でも、腕がーー彼女が教えてくれたんだ。  ここへ案内してくれたのも彼女だよ。  爺ちゃんに何度か山へは連れて来てもらったけど、こんなに奥までは入ったことなかったな。  ここってすごく寒いよね。  秋めいてきたっていうのもあるんだろうけど、鬱蒼(うっそう)として日が届かないって理由もあるんだろうね。  とても寒くて、寂しい場所。  でもね。彼女はずうっと、ここにいたんだ。  冷たい土の下で、助けが来るのをひたすら待っていたんだ。  すすり泣いたって、誰にも聞こえない。  なぐさめてくれる手もない。  ひとりぼっちで、ずっと耐えていたんだよ。  だからさ。  少しくらい、あなたも味わってよ。  うん。そうだよ。  あなたに彼女の辛さを分かってほしかったんだ。  ねえ、どんな気分?  縛り上げられて、穴の中から見上げるのは。  怖い?  そうだよね、怖いよね。  でも、彼女も怖かったんだよ。  寂しくて寂しくて、辛かったんだよ。  少しでも罪悪感があるなら、そこで彼女を温めてあげて。  大丈夫。  腕は僕が温めてあげるから。  じゃあ、さようなら。  父さん。
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