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「こんなになるまで、ナナコのために……よく頑張ったな、夢ちゃん」
「夏、さ……」
「俺はよ。……人間も動物も、案外意味なんかなく産まれてくるんじゃないかって思うんだ。野良猫も同じさ。でも、生きる理由ってのはみんな一緒だと思うんだ。どいつもこいつも……幸せになって、誰かに愛されるために生きるんだ。生きる権利ができるんだ。それを、誰かに決めつけられる謂れなんかねぇってな」
カッコつけているのは、わかっている。それでも言いたかった。頑張って頑張って、こんな小さな体で一生懸命頑張り抜こうとした少女に。
「幸せになれっこない?……ハ!俺がその場にいたら、その馬鹿どもに言ってやるぜ。“お生憎様、こいつはもうとっくに幸せだっつのーざまぁ!ってな!」
「え」
「幸せだったに決まってんだろーがバーカ。……死んだ後でこんな風に弔って、自分を想って泣いてくれるやつがいる。立派に愛されてた証拠だ。そいつが生きてきた目的はきっちり果たされてらあ。それのどこが、幸せじゃないってんだよ」
ああでも、と俺は付け加える。
「成仏はできてねえかもなあ。俺だったらできねえ。自分が死んだせいで、自分の大好きなやつがいつまでも泣いてやつれてたらよ。……死んだ後だって、死んだやつを幸せにしてやることはできる。なあ夢ちゃんよ、お前がソイツのためにしてやれることはなんだ?」
無茶でも無理でもいい。それでも、きっと自分がナナコだったらそう言うと思うのだ。
愛する人の幸せを願うことは、その人にとっても最大の幸福であるに違いない。きっと猫も同じだろう、と。
「あたし……」
くしゃり、と顔を歪めて夢は言う。
「笑ってて、いいのかな」
それを聞いて、わーんとついに大声で泣き始めるのが自分の弟だ。彼鼻水垂らしながら、笑ってていいに決まってるじゃん!と叫んだ。
「だ、だっで、夢ちゃんば、笑っでる顔が、一番、可愛いんだ、がらあっ!」
「うっわ、ひでー顔。こりゃ女にモテないな春!」
「うっざい!ヤンキー崩れ馬鹿兄貴に言われだくねー!」
「んだとお?」
夕闇に沈みかけた空き地に、やっと小さく笑い声が響くまであと二分。
幸せは、誰かが決めるものではない。自分の心で、愛する人と共に積み上げていくものなのだ。
俺達は今を生きている。生きてまだまだ新しい幸せを探している真っ最中であることを、忘れるべきではないのだろう。
足下を見つめるのは、そこをきっちり突き詰めてからでもきっと、遅くはないのだから。
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