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何処かの誰かの幸福論より
「夢ちゃんの様子がおかしいんだ」
自室にて、塞ぎ込んだ様子の弟に尋ねてみると。返ってきたのは、そんな言葉だった。
弟の春は小学生。兄である俺、夏は高校生――とは名ばかりの不良少年。年が離れているからか、かえって気兼ねなく付き合うことができる俺達は、俺がグレてバイクを乗り回すようになってからも普通に話すし一緒に出かけることもある仲だった。まさか夢ちゃん、という名前がここで出てくるとは実に予想外ではあったけれども。
夢ちゃん、というのは春のクラスメートである“椎葉夢”のことだろう。去年から同じクラスで明朗快活な彼女は、おとなしい夢とも気が合うのかしょっちゅう話題に登る人物である。男の子みたいに短い髪をしているけれど、笑顔がとっても可愛い女の子だ。弟繋がりで、俺も何度か話をしたことがある。明らかに不良やってます、という見た目の俺にも気兼ねなく話してくれる、礼儀正しい子であったと記憶している。
悩みなんかなさそう、いつも笑っているように見える彼女に、一体何があったというのか。
「最近、手に怪我をしてくるようになったんだ。いっつも指に包帯か、絆創膏巻いてるんだよ」
「絆創膏?」
「元々元気いっぱいな夢ちゃんだから、擦り傷くらいは珍しくないんだけど。最近はずーっと左手ばっかり怪我してるんだよね。ここ一ヶ月くらいずっと」
「一ヶ月う?」
流石にそれは、と俺は眉を潜めた。一ヶ月も一つの傷でかかるとなると、それは相当深いはずである。人間、ちょっとした擦り傷切り傷くらいならすぐ治るようにできているものだ。代謝の良い小学生くらいの子供なら尚更である。
それが一ヶ月かかるということは、擦り傷切り傷程度の傷ではないか、あるいは何度も同じ場所に怪我をしている、もしくは一度治りかけてもすぐその傷が開くような状況にあるということである。
「……夢ちゃん、骨折でもしたか?」
俺が尋ねると、多分違う、と春は首を振った。
「骨折してたなら腕吊ってたり、指とか手首とかギブスで固定するのが普通でしょ?でも、そういうのつけてたりはしない。なら、多分違うんじゃないかな」
なるほど、骨折のセンはない、と。そもそも彼は殺気、包帯か絆創膏、と言ったのだ。包帯はともかく、絆創膏では骨折の治療にならないだろう。つまり、絆創膏で事足りるくらい小さな傷である時もあるということだ。
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