何処かの誰かの幸福論より

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 ***  久しぶりに見た夢の姿は、俺が想像していたものとはかけ離れていた。いつもまっすぐ背を伸ばして、目をきらきらさせて歩いているように見えた少女であったというのに。今の彼女は髪の手入れも怠っているように前髪も後ろ髪も伸ばし、うつむくように背中を丸めて歩いているのである。  まるで、地面と常ににらめっこでもしていなければ気がすまないとでも言うかのようだ。そして弟が言う通り、その手には真っ白な包帯が巻かれたままとなっていた。 「確かに、骨折じゃなさそうだな。普通にランドセルの紐、左手で握ってるしよ」  電柱の影に隠れてこっそり様子を見守る、なんてお約束なことをする俺と春。しかし、相手は周囲に全然気を配る様子がないのか、まるでこちらに気づく気配がない。相当精神的に参っているようだった。そんな彼女を、少し離れた場所から隠れつつ尾行する俺達である。 「でもって、あの包帯の巻き方すると、怪我してるのは人差し指らへんか。……人差指、なあ」  骨折ではなさそうな怪我。  人差指。  一ヶ月過ぎても治らない、繰り返される傷。  そして左手。 ――自傷行為、か?  その可能性はどうしてもついてまわる。自分で切るのだから、当然右手を切ることはできないだろう。それなら左手にばかり傷が集中するのもわからないことではない。そして自傷行為ならば、基本的にはそうそう深く切るということもしないだろう。子供の力など大したものではないから尚更だ。  ただ、指をピンポイントで切るというのは、実のところ腕や手の甲を切るより勇気がいることではないかと思うのだ。指先の方が神経が集中しているというのもそうだし、小さいのでカッターでも狙いにくいというのもある。ついでに言えば、手の甲を怪我するより指を怪我した方が行動に不便なことが多いだろう。 ――自傷行為をバレたくないから、傷を小さくしようとしている?ただ、それくらい冷静な頭があるなら、ずーっと左手に包帯を巻き続けるってだけで不審がられるのは目に見えてるだろうがよ。  包帯の巻き方も上手ではなかった。片腕だけで自分で巻いたのが見え見えである。親にも内緒にして、こっそり巻いている。誰にもバレたくない理由がある。自傷行為そのものは、誰かに助けを求めたくてやる場合と、こっそりストレス発散がしたくてやる場合ので一概には言えないが――そう仮定して何か違和感が残るのは確かだ。
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