何処かの誰かの幸福論より

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 ***  なんて胸糞悪い話だ、と思った。俺が舌打ちすると、春が俺のシャツの裾をひっぱって“顔怖いよ兄ちゃん”と注意してくる。 「ヤンキーみたいな顔になってる。抑えてよ」 「いや、俺ヤンキーなんですけど」 「兄ちゃんは不良ムーブしてるだけの普通の人でしょ、ほら落ち着いて落ち着いて」  解せぬ、と俺はむっすりとする。こういう時煙草の一本でも吸い始めたら、自分も不良らしく見えたのだろうか。  まあ、小学生二人の前で堂々と煙草を吸って罪悪感も抱かないようになったら、人間おしまいだろうと思わなくもなかったが。 ――くっそ、何処にでもいやがるもんだ。クソヤローってもんはよ!  夢の話はこうだった。  彼女は毎日、学校帰りにこの空き地にいる猫に挨拶するのが日課になっていたという。黒いブチブチの野良猫で、夢は彼にナナコという名前をつけていたそうだ(オスなのに“ナナコ”なのは、最初彼を女の子と勘違いしたかららしい)。きっとこの場所を縄張りにしていたのだろう。ナナコは賢く、すぐ夢の顔を覚えた。コンビニで猫用おやつをこっそり買って空き地に来ると、すぐに可愛らしい声を上げて近寄ってくるようになったらしい。  夢の家はマンションで、動物を飼うことができない。それにナナコは野良猫だが、さほど痩せているわけでもないのできっと他のところでもエサを貰っているのだろうと思われた。飼うことはできないけれど、毎日ナナコと会って餌をあげながら毎日話を聞いてもらうのが、夢にとってはささやかな楽しみとなっていたというのだ。  ところがある日、そんなナナコを悲劇が襲う。  ある日夢が空き地に近づくと、そこで数人の男達が何かを踏みつけている現場を目撃したのだ。酒と煙草の匂いが酷い男達だった。顔はしっかり見ていないので、若者であるのか中年であったのかはわからない。ただ、夕方から酔いまくっているあたり、ろくな連中でなかったのは確かだろう。男達は、ナナコを踏みつけてウサを晴らしていたのだ。恐怖で固まっていた夢が、男達が立ち去った後慌てて空き地に入ると――そこには踏みつけられて血だらけになり、煙草の吸殻まみれにされたナナコの無残な亡骸があったのだそうだ。 「あたし、すぐにナナコを弔ってあげなくちゃって……埋めてあげたんだけど。でも、すっごく悔しくて、悲しくて」  泣きながら、夢は語る。 「何でナナコがこんな形で死ななくちゃいけないのって思ったら、すごく腹が立って。……ネットで、探しちゃったの。……死んじゃったペットを生き返らせるおまじないがあるって……」
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