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ナナコを踏み殺した連中も忌々しいが。そんなデタラメなおまじない、とやらをネットに書き込んだやつも、人の心があるとは思えなかった。ペットが死んで悲しくて悲しくて、どうしてもその悲しみを癒したい人が藁にも縋る気持ちで頼ってしまうことを考えなかったのか。死んだ生き物が生き返ることなんかあるわけない。それなのにそんな怪しいおまじないで人を騙して、心を弄んで。
夢はそのおまじない通りに、毎日ナナコを埋めた場所に通いつめたのだそうだ。――おまじないの通り“誰にも見つからないように気をつけ”つつ、自分の血を混ぜた水を墓の上に垂らすことによって。
「わかってた。あんなおまじないデタラメだってわかってたの。一ヶ月過ぎたら蘇るっていってたのに、そんな気配全然ないし。それなのに、一度それを信じちゃったら戻れなかった。蘇るまで続けなきゃ、それがあたしの償いなんだからって……!」
「償いって……」
「だってあたし、ナナコを助けられなかったんだもん!ナナコが蹴られてる時、すぐにあたしが飛び出してたら死なないで済んだかもしれないのに……!」
そんなはずがあるか、と俺は思う。大人の男達の前に、小学生の女の子が無謀に飛び込んでいったらどうなるか。最悪、ナナコのかわりに夢が踏み潰されていたかもしれないのだ。彼女は飛び出していかなくて正解だった。だが、そんなことまだ幼い彼女には納得できることではなかったのだろう。
だから、責任を感じて、おまじないを実行してしまったのだ。さきほど自分達に見られてしまったことで、ようやく目は覚めたようだけど。
「あの人達……ナナコを殺した人達。だいっきらいだけど、あたし、あたしどうすればいいかわかんなくて。あの人たち言ってたの。“こんな野良猫、生きてても意味なんかない。何のために産まれてきたのかもわからないし、幸せになれっこない。生きてようが死んでようがどうでもいいだろ”って。あたし、それ、聞こえてたのに何も言えなくて……」
「夢ちゃん……」
わんわんと泣く彼女に触発されて、春もぽろぽろと涙を零し始める。なんでこんな純粋な子供達が、クズみたいな大人のせいで傷つけられなくてはいけないのだろう。俺はそんな怒りをぐっと飲み込んで――そっと、夢の手を握った。
傷だらけになった、左手を。
「痛かったろ」
その手は人差指以外にも、古傷がたくさんあった。一ヶ月もの間、少女は野良猫を助けたい一心で――自傷癖もないのに自分の手を傷つけ続けたのだ。
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