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ここは現実か夢なのか
会社にテレワークが導入されてから通勤は週に2回だけになり、それ以外の日は在宅で業務に取り組んでいる。
おかげで通い慣れた通勤路が気分転換になっていたが、今日は違う。
地面に足をつけ自分の足で歩いている。
駅に停車する度につり革を持つ手に精一杯の力を入れると若干の痛みを覚える。
それなのに、いつ覚めてしまうかわからない夢の中を動いている感覚が消えない。
ジッとしていると不安が背中に張り付いてしまうので、手持ち無沙汰になっている左手で頬を触ったり、髪の毛を引っ張ってみたり。
朝の通勤電車の中で、一人静かにもがいている。
こんなに早い時間い出社すれば、きっと誰もいない。
会社についたら、この状況を整理しよう。
PCのデータを見れば、どこまで仕事が進んでいるかもわかる。
本当は今が何月何日で、なんで時間が戻っているのか調べる必要ある。
そして、先輩に会えたら聞こう。
なんで自分で命を立ってしまったのか。
先輩に会えばきっとわかる。
ここが夢なのか現実か。これから何をすれば良いのか。
電車を降りた私は、足早にオフィスへと向かった。
1階から10階までフロアごとに様々な会社がテナントに入っているため、いつもなら通勤する人たちでエレベーターが窮屈だ。
30分早く家を出るだけで、エレベーターはガラガラ。
私のオフィスの入っているフロアに到着する前に、大きく深呼吸をした。
空気が透き通って感じるので、深呼吸をすると気持ちが良い。
気持ちを整えエレベーターを降りた私は、カードキーでロックを解除し、勢いよくオフィスの扉を開けた。
「お、早いな〜。
体調大丈夫か?」
ついさっき整えた気持ちは、跡形もなく乱された。
目の前には、私を心配する岡田先輩がいた。
頭の中が真っ白になる瞬間って、人は何も喋れないんだ、と思い知らされた。
私は、先輩がいなくなってから一度も泣いていない。
先輩が亡くなった知らせを聞いた時も、葬儀の時も、涙を流していないのだ。
それなのに、パニックになった頭とパンクした感情が、涙と一緒に溢れてくる。
「えっ!?
どうした!?」
先輩は慌てて駆け寄ってきて、じっと私を見ている。
「やっぱり体調悪いんじゃないのか?
今日は帰って良いよ?」
私の肩に手を置き、そっと背中をさすってくれた。
温かい先輩の手から体温を感じる。
もしこれが夢なら、もう夢で良いからこのまま今を過ごそう、と決めた。
「すみません。
ちょっと疲れてて…」
「いやぁ〜、大丈夫には見えないけど。」
相変わらず困った表情の先輩は、納得いかないとばかりに私の様子を観察しながら、デスクにあったボックスティッシュを差し出してくれた。
「先輩こそどうしたんですか?
出勤時間間違えてません?」
ティッシュを渡してくれたお礼に、頭だけで軽くお辞儀をした。
私の突然の涙に驚いている先輩を安心させようと、冗談っぽく笑って言った。
「電話で藤村の様子がおかしかったから、
早めに来てみたんだよ。」
冗談をそのまま返してくるあたり、先輩はまだ私のことを心配している。
「あー、すみません。
全然、体調は良くなりましたから、
心配しないでください。」
心配そうに私を目で追う先輩を振り切り、自分のデスクに腰を下ろした。
パソコンの電源を入れると、デスクトップの右下には、日付は6月11日木曜日と表示されている。
やっぱり時間が戻っている。
もしかしたら、先輩が自殺する前からやり直せるのかもしれない。
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